・・・ 避暑という、だれもする年中行事をかつてしたことのなかった自分には、この二週日の間に接した高原の夏の自然界は実に珍しいものばかりであった。その中でもこの地方のやや高山がかった植物界は、南国の海べに近く生い立った自分にはみんな目新しいもの・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・もちろん他の週日に降る降らぬは全く度外視しての話である。 これもやはり、他の多くの場合と同様に自分の注目し期待する特定の場合の記憶だけが蓄積され、これにあたらない場合は全然忘れられるかあるいは採点を低くして値踏みされるためかもしれない。・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・木曜日が面会日ときまってからも、何かと理屈をつけては他の週日にもおしかけて行ってお邪魔をした。 自分の洋行の留守中に先生は修善寺であの大患にかかられ、死生の間を彷徨されたのであったが、そのときに小宮君からよこしてくれた先生の宿の絵はがき・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・庭つづきになった後方の丘陵は、一面の蜜柑畠で、その先の山地に茂った松林や、竹藪の中には、終日鶯と頬白とが囀っていた。初め一月ばかりの間は、一日に二、三時間しか散歩することを許されていなかったので、わたくしはあまり町の方へは行かず、大抵この岡・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・尤わたしは終日外へ出なかったのでその事を知らなかったが、築地の路地裏にそろそろ芸者の車の出入しかける頃、突然唖々子が来訪して、蠣殻町の勤先からやむをえず雪中歩いて来た始末を語った。その頃唖々子は毎夕新聞社の校正係長になっていたのである。・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・壁一重隔てた昔の住居には誰がいるのだろうと思って注意して見ると、終日かたりと云う音もしない。空いていたのである。もう一つ先がすなわち例の異様の音の出た所であるが、ここには今誰がいるのだか分らなかった。自分はその後受けた身体の変化のあまり劇し・・・ 夏目漱石 「変な音」
・・・彼はつい近頃まで夜鴉の城へ行っては終日クララと語り暮したのである。恋と名がつけば千里も行く。二十哩は云うに足らぬ。夜を守る星の影が自ずと消えて、東の空に紅殻を揉み込んだ様な時刻に、白城の刎橋の上に騎馬の侍が一人あらわれる。……宵の明星が本丸・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・当時思うよう、学問は必ずしも独学にて成し遂げられないことはあるまい、むしろ学校の羈絆を脱して自由に読書するに如くはないと。終日家居して読書した。然るに未だ一年をも経ない中に、眼を疾んで医師から読書を禁ぜられるようになった。遂にまた節を屈して・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・田舎のどこの小さな町でも、商人は店先で算盤を弾きながら、終日白っぽい往来を見て暮しているし、官吏は役所の中で煙草を吸い、昼飯の菜のことなど考えながら、来る日も来る日も同じように、味気ない単調な日を暮しながら、次第に年老いて行く人生を眺めてい・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・るが如くなれども、最大有力の御用向きかまたは用向きなるものに逢えば、平生の説教も忽ち勢力を失い、銭を費やすも勤めなり、車馬に乗るも勤めなり、家内に病人あるも勤めの身なればこれを捨てて出勤せざるを得ず、終日の来客も随分家内の煩雑なれども、勤め・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
出典:青空文庫