・・・いや、人界に生れ出たものは、たといこの島に流されずとも、皆おれと同じように、孤独の歎を洩らしているのじゃ。村上の御門第七の王子、二品中務親王、六代の後胤、仁和寺の法印寛雅が子、京極の源大納言雅俊卿の孫に生れたのは、こう云う俊寛一人じゃが、天・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・それを越すと隣国への近路ながら、人界との境を隔つ、自然のお関所のように土地の人は思うのである。 この辺からは、峰の松に遮られるから、その姿は見えぬ。最っと乾の位置で、町端の方へ退ると、近山の背後に海がありそうな雲を隔てて、山の形が歴然と・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・――幼い私は、人界の茸を忘れて、草がくれに、偏に世にも美しい人の姿を仰いでいた。 弁当に集った。吸筒の酒も開かれた。「関ちゃん――関ちゃん――」私の名を、――誰も呼ぶもののないのに、その人が優しく呼んだ。刺すよと知りつつも、引つかんで声・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ 大体につきてこれを思うに、人界に触れたる山魅人妖異類のあまた、形を変じ趣をこそ変たれ、あえて三国伝来して人を誑かしたる類とは言わず。我国に雲のごとく湧き出でたる、言いつたえ書きつたえられたる物語にほぼ同じきもの少からず。山男に石を食す・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・そして、あの老人のおかげで幾人海の中へ身を投げて死んだかしれない。」 みんなは、老人を海岸へひきずってきました。そして、みんなをあざむいたことをなじりました。すると、老人は、案外平気な顔をしていいました。「昔は、『幸福の島』だったの・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・河面一面にせり合い、押し合い氷塊は、一度に放りこまれた塵芥のように、うようよと流れて行った。ある日、それが、ぴたりと動かなくなった。冬籠もりをした汽船は、水上にぬぎ忘れられた片足の下駄のように、氷に張り閉されてしまった。 舷側の水かきは・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・プロレタリアートは、たゞブルジョアジーを武装解除した後にのみ、その世界史的見地に叛くことなく、あらゆる武器を塵芥の山に投げ棄てることが出来る。そしてプロレタリアートは、また疑いもなく、このことを成遂げるであろう。」と。 新しく入営する青・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・高邁の理想のために、おのれの財も、おのれの地位も、塵芥の如く投げ打って、自ら駒を陣頭にすすめた経験の無い人には、ドン・キホオテの血を吐くほどの悲哀が絶対にわからない。耳の痛い仁も、その辺にいるようである。 私の理想は、ドン・キホオテのそ・・・ 太宰治 「デカダン抗議」
・・・弱い、踏みにじられたる、いまさら恨み言えた義理じゃない人の忍びに忍んで、こらえにこらえて、足げにされたる塵芥、腐った女の、いまわのきわの一すじの、神への抗議、おもんの憤怒が、私を泣かせた、ここを忘れてはならない、人の子、その生涯に、三たび、・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・大量塵芥製造工場のようなものである。また万引奨励機関でもある。 これらの現象もやはり交通文明の発達と聯関しているようである。 小さな不連続線が東京へかかったと見えて、狂風が広小路を吹き通して紳士の帽を飛ばし淑女の裾を払う。寒暖二様の・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
出典:青空文庫