・・・こうした生々した様子になると、赤茶色の水気多い長々と素なおな茎を持った菱はその真白いささやかな花を、形の良い葉の間にのぞかせてただよう。 夕方は又ことに驚くべき美くしさを池の面と、山々、空の広いはてが表わす。 暑い日がやや沈みかけて・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・がその下では粟が、しずかに地面の水気を吸っている。 其から半年程経って、又同じ芝生の上に飛んで来た小鳥は、腐った太鼓を貫いて、一本の青々とした粟の芽が、明るい麗らかな日光に輝きながら楽げに戦いでいるのを見た。 ・・・ 宮本百合子 「一粒の粟」
・・・ 狭い帯を矢の字にして、赤い手袋をした小さい手に金柑の袋を下げて満足して居た私が、金柑の実の中に笑って居る。 水気の多い南風がかるく吹いて、この間種ねを下した麦だの、その他の草花の青い芽が、スイスイと一晩の中に萌え出て仕舞って居る。・・・ 宮本百合子 「南風」
・・・けれども、けれども、私には、小さい島国の、黒い柔かい、水気豊かな春の土が、足の素肌に感じられる。抜けようとしても、抜けられない泥濘の苦しさと混乱を、此の両足に感じる。何処へ行っても、祖国が足の下にあるだろう、地球の果にまで走ろうとしても、祖・・・ 宮本百合子 「無題」
・・・ボソボソ水気なしでパンをかじった。鳩が飛んで来てこぼれを探し、無いので後から来た別な鳩の背中にのり大きく翼をバカバカやった。 今日は日曜で大石段はすっかりからりとしている。聖ピータア寺院の内部で説教があった。パイプオルガンが時々鳴った。・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫