・・・「もっとも崇高なる天地間の活力現象に対して、雄大の気象を養って、齷齪たる塵事を超越するんだ」「あんまり超越し過ぎるとあとで世の中が、いやになって、かえって困るぜ。だからそこのところは好加減に超越して置く事にしようじゃないか。僕の足じ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・いかなる、うつくしいものを見ても、いかなる善に対しても、またいかなる崇高な場合に際してもいっこう感ずる事ができない。できれば探偵なんかする気になれるものではありません。探偵ができるのは人間の理想の四分の三が全く欠亡して、残る四分の一のもっと・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 燭台の蝋燭は心が長く燃え出し、油煙が黒く上ッて、燈は暗し数行虞氏の涙という風情だ。 吉里の涙に咽ぶ声がやや途切れたところで、西宮はさぴたを拭っていた手を止めて口を開いた。「私しゃ気の毒でたまらない。実に察しる。これで、平田も心・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・わしたい、丘の小さなぶどうの木が、よぞらに燃えるほのおより、もっとあかるく、もっとかなしいおもいをば、はるかの美しい虹に捧げると、ただこれだけを伝えたい、それからならば、それからならば、あの……〔以下数行分空白〕 「マリヴロン先生。・・・ 宮沢賢治 「マリヴロンと少女」
・・・ひとを死なせてもよいと云う信念の崇高さ、厳さも知った。 自分とAとのことも、或底力を得た。とにかく、行く処迄、真心を以て行かせよう。彼が死ぬことになるか、自分がどうかなるか、どちらでもよい。信仰を持ち、人生のおろそかでないことを知ってや・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・散文では、何かの間にはさまって数行しか書けない人生の感覚を、詩は純粋にそのものとして一つの奥ゆきある現実としてうち出します。これらの詩によってあらわされている人生の感じかたは、わたしが成功しまた成功しない小説の底を貫いて響かせようと欲してい・・・ 宮本百合子 「鉛筆の詩人へ」
・・・高く耀き 照る日のように崇高にどうしていつもなれないだろう。あまりの大望なのでしょうか?神様。 *自分は 始め 天才かと思った。 あわれ あわれ は……。然し、その夢も 醒めた。 有難・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・を書いたのち、一九三〇年の中頃から、私は、机の上において、何となしその頁をひらいて数行をよむことで創作への熱心を刺戟されるような文学を見出せなくなって、途方にくれた。けれどもこの経験は、日本の社会の現実認識の方法と文学評価が、全体として志賀・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・あの時、或る作家の文章が、その部分を切って、名をかくして人に読ませたら、おそらく読まされた者は駅売りのパンフレットのような種類の文章の中の数行を読まされたのだと思うに相違ない文章の書きかたであったのを、つよく印象づけられている。 書いて・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・ 一般の読者は、この全く特徴的な数行を何等不思議な気がしないでよむのだろうか。探偵小説の読者というものは、こういう我々の常識で合点のゆかない現実の歪みも、承認するほど不健康な精神活動に馴らされているものなのだろうか。 良人に左翼女優・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
出典:青空文庫