・・・ 家の南側に、釣瓶を伏せた井戸があるが、十時ころになると、天気さえよければ、細君はそこに盥を持ち出して、しきりに洗濯をやる。着物を洗う水の音がざぶざぶとのどかに聞こえて、隣の白蓮の美しく春の日に光るのが、なんとも言えぬ平和な趣をあたりに・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・これは元来ダーウィンの自然淘汰説に縁をひいていて、自然の選択を人工的に助長するにある。尤もこの考えはオリンピアの昔から、あらゆる試験制度に通じて現われているので、それ自身別に新しいことではないが、問題は制度の力で積極的にどこまで進めるかにあ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・しかし紙の材料をもっと精選し、もっとよくこなし、もういっそうよく洗濯して、純白な平滑な、光沢があって堅実な紙に仕上げる事は出来るはずである。マッチのペーパーや活字の断片がそのままに眼につくうちはまだ改良の余地はある。 ラスキンをほう・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・室に付随した歴史や故実などはベデカによらなければ全くわからないが、窓のながめのよしあしぐらいは自分の目で見つけ出し選択する自由を許してもらいたいような気もした。 ベデカというものがなかった時の不自由は想像のほかであろうが、しかしまれには・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・に移る前に行なわるる過程は「選択」の過程である。 すべての芸術は結局選択の芸術であるとも言われる。芸術家の素材となりその表現の資料となるものはわれわれの日常の眼前にころがっている。その中から何を発見してつまみ上げるかが第一歩の問題であり・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・そこは床屋とか洗濯屋とかパン屋とか雑貨店などのある町筋であった。中には宏大な門構えの屋敷も目についた。はるか上にある六甲つづきの山の姿が、ぼんやり曇んだ空に透けてみえた。「ここは山の手ですか」私は話題がないので、そんなことを訊いてみた。・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・ それから遊び場所の選択や、交通の便なぞについて話しているうちに時が移っていった。山嵐のような風がにわかに出てきて、離れの二階の簾を時々捲きあげていたが、それもひとしきりであった。お絹たちは京阪地方へも、たいてい遊びに行っていて、名所や・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・すると父は崖下へ貸長屋でも建てられて、汚い瓦屋根だの、日に干す洗濯物なぞ見せつけられては困る。買占めて空庭にして置けば閑静でよいと云って居られた。父にはどうして、風に吠え、雨に泣き、夜を包む老樹の姿が恐くないのであろう。角張った父の顔が、時・・・ 永井荷風 「狐」
・・・まずその汁の実を何に致しましょうと聞かれると、実になり得べき者を秩序正しく並べた上で選択をしなければならんだろう。一々考え出すのが第一の困難で、考え出した品物について取捨をするのが第二の困難だ」「そんな困難をして飯を食ってるのは情ない訳・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・と洗濯したてのタウエルを畳みながら笑っている。「幽霊も由公にまで馬鹿にされるくらいだから幅は利かない訳さね」と余の揉み上げを米噛みのあたりからぞきりと切り落す。「あんまり短かかあないか」「近頃はみんなこのくらいです。揉み上げの長・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
出典:青空文庫