・・・昔、融禅師がまだ牛頭山の北巌に棲んでいた時には、色々の鳥が花を啣んで供養したが、四祖大師に参じてから鳥が花を啣んで来なくなったという話を聞いたことがある。宗教の智は智その者を知り、宗教の徳は徳その者を用いるのである。三角形の幾何学的性質を究・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
・・・ これに反して上士は古より藩中無敵の好地位を占るが為に、漸次に惰弱に陥るは必然の勢、二、三十年以来、酒を飲み宴を開くの風を生じ(元来飲酒会宴の事は下士に多くして、上士は都て質朴、殊に徳川の末年、諸侯の妻子を放解して国邑に帰えすの令を出し・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・天明の余勢は寛政、文化に及んで漸次に衰え、文政以後また痕迹を留めず。 和歌は万葉以来、新古今以来、一時代を経るごとに一段の堕落をなしたるもの、真淵出でわずかにこれを挽回したり。真淵歿せしは蕪村五十四歳の時、ほぼその時を同じゅうしたれば、・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・その句、行き/\てこゝに行き行く夏野かな朝霧や杭打つ音丁々たり帛を裂く琵琶の流れや秋の声釣り上げし鱸の巨口玉や吐く三径の十歩に尽きて蓼の花冬籠り燈下に書すと書かれたり侘禅師から鮭に白頭の吟を彫る秋風の呉人・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・一方から云うと、彼が得々として善事をしたと思って居られるのが堪らない憎さ。 私達の心持も複雑に且つ恐ろしい関係にあると思う。 私は、有島氏の死が、どうか自分の浮々した、弱さに満ちた魂を守り力づけて、どんどん芸術家としての道に進ま・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・あなたは一人の母として、三人の小さい者たちとともに宵に寝、早朝におきつつ、童話・神話の世界から漸次より社会的な主題へと発展されました。この点も、婦人作家として、特徴的な経歴です。日本の社会的事情は、あなたのような程度の教養的環境と理解との中・・・ 宮本百合子 「含蓄ある歳月」
・・・ たとえば橋本正一氏がいっているように、自身の創作の実際にあたって、作家は、他の作家によってかかれたある作品の構成「漸次に発展するところの場面に対する小説的な興味」又は作品に感銘ふかい効果を引きおこす為に大切な「絵画的な細部描写」などを・・・ 宮本百合子 「新年号の『文学評論』その他」
・・・そして、「ツルゲーネフが善事に向って進むという、その善良なるものを絶対に信じなかったのだ」と。ツルゲーネフがガルシンに云った冷静という言葉の内容、トルストイが信じなかった善事というものの内容は、トルストイの側から見れば、大体以上のような性質・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・ですから、さっき一番始めに申しましたように安倍源基が市民生活の中へまぎれ込んで来るとか、にせ気違いかなんか知りませんが、東條の頭を叩いて松沢に行っていたファシズムのイデオローグである大川周明が全治したとかいうとき私どもははっきりとファシズム・・・ 宮本百合子 「平和運動と文学者」
・・・佐野さんは親が坊さんにすると云って、例の殺生石の伝説で名高い、源翁禅師を開基としている安穏寺に預けて置くと、お蝶が見初めて、いろいろにして近附いて、最初は容易に聴かなかったのを納得させた。婿を嫌ったのは、佐野さんがあるからの事であった。安穏・・・ 森鴎外 「心中」
出典:青空文庫