・・・これが一日ベルリンのフィルハーモニーで公開の弾劾演説をやって無闇な悪口を並べた。中に物理学者と名のつく人も一人居て、これはさすがに直接の人身攻撃はやらないで相対原理の批判のような事を述べたが、それはほとんど科学的には無価値なものであった。要・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ある地点では車の窓から見下ろされる断崖の高さが六百尺だといって女車掌が紹介する。それが六百尺であることがあたかもその車掌のせいででもあるかのように、何となく得意気に聞こえて面白い。 近在の人らしい両親に連れられた十歳くらいの水兵服の女の・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・垢抜けのした東京の言葉じゃ内閣弾劾の演説も出来まいじゃないか。」「そうとも。演説ばかりじゃない。文学も同じことだな。気分だの気持だのと何処の国の託だかわからない言葉を使わなくっちゃ新しく聞えないからね。」 唖々子はかつて硯友社諸家の・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・ チベットには、月を追っかけて、断崖から落っこって死んだ人間がある。ということを聞いた。 日本では、囚人や社会主義者、無政府主義者を、地震に委せるんだね。地震で時の流れを押し止めるんだ。 ジャッガーノート! 赤ん坊の手を捻る・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・ 応急手当が終ると、――私は船乗りだったから、負傷に対する応急手当は馴れていた――今度は、鉄窓から、小さな南瓜畑を越して、もう一つ煉瓦塀を越して、監獄の事務所に向って弾劾演説を始めた。 ――俺たちは、被告だが死刑囚じゃない、俺たちの・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・ すなわち我輩の所望なれども、今その然らずして恰も国家の功臣を以て傲然自から居るがごとき、必ずしも窮屈なる三河武士の筆法を以て弾劾するを須たず、世界立国の常情に訴えて愧るなきを得ず。啻に氏の私の為めに惜しむのみならず、士人社会風教の為め・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・道皆海に沿うたる断崖の上にありて眺望いわん方なし。 浪ぎはへ蔦はひ下りる十余丈 根府川近辺は蜜柑の名所なり。 皮剥けば青けむり立つ蜜柑かな 石橋山の麓を過ぐ頼朝の隠れし処もかなたの山にありと人のいえど日已に傾むきかか・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・たとえば「絶望があった。断崖に面した時のような絶望が。憤激があった。押えても押えてもやり切れぬ憤激が。惨めさがあった。泣いても泣いても泣き切れぬ惨めさが。恩愛も、血縁も、人格的なつながりもない……から死命を制せられている自分!」うたい上げら・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・とは、後篇の抒情性そのものさえごく観念的にまとめあげられている作品であるから、その作品の世界のなかでいくつかの断崖をなしている観念の矛盾はおのずからくっきりと読者の目にも映じ、作者自身がよそめに明らかなその矛盾を知ろうとしないので、まるでそ・・・ 宮本百合子 「観念性と抒情性」
八月七日 [自注1]〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆 モネー筆「断崖」」の絵はがき)〕 手紙に書きもらしましたから一寸。多賀ちゃんから先程手紙で、病気は何でもなく保健所でレントゲン透視をしてもらったら、どこ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫