・・・ いかにオリジナルな変異の産物でも当代の多数の観賞者が見てちっともおもしろくなかったり、ひとり合点で意味のわからないようなものは、わざわざ勦絶に骨を折らなくても当代の環境で栄えるはずはないであろう。全く死滅しないまでも山椒魚か鴨の嘴のよ・・・ 寺田寅彦 「俳句の型式とその進化」
・・・暗殺の目的は金や持物ではなくて、その旅人の有っている技能や智慧や勇気が魂魄と一緒に永久にその家に止まって、そのおかげでその家が栄えるようにという希望からだという事である。 これはずいぶん思い切って虫の好過ぎる話である。 しかしよく考・・・ 寺田寅彦 「マルコポロから」
・・・そのおかげでドイツの精密工業は発達し、分析的にひどく込み入っためんどうな哲学が栄える。本来快楽を目的とする音楽でさえもドイツ人の手にかかるとそれが高等数学の数式の行列のようなものになり、目を喜ばすべき映画でさえもこの国でできたものは見ていて・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・古いのを抜いちまわないうちに、新しいのが生えるかも知れないね」「とにかく痛い事だろう」と圭さんは話頭を転じた。「痛いに違いないね。忠告してやろうか」「なんて」「よせってさ」「余計な事だ。それより幾日掛ったら、みんな抜ける・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・社会が文芸を生むか、または文芸に生まれるかどっちかはしばらく措いて、いやしくも社会の道徳と切っても切れない縁で結びつけられている以上、倫理面に活動するていの文芸はけっして吾人内心の欲する道徳と乖離して栄える訳がない。 我々人間としてこの・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・生える白髪を浮気が染める、骨を斬られりゃ血が染める。と高調子に歌う。シュシュシュと轆轤が回わる、ピチピチと火花が出る。「アハハハもう善かろう」と斧を振り翳して灯影に刃を見る。「婆様ぎりか、ほかに誰もいないか」と髯がまた問をか・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
私が茨海の野原に行ったのは、火山弾の手頃な標本を採るためと、それから、あそこに野生の浜茄が生えているという噂を、確めるためとでした。浜茄はご承知のとおり、海岸に生える植物です。それが、あんな、海から三十里もある山脈を隔てた・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・おまえたちが青いけし坊主のまんまでがりがり食われてしまったらもう来年はここへは草が生えるだけ、それに第一スターになりたいなんておまえたち、スターて何だか知りもしない癖に。スターというのはな、本当は天井のお星さまのことなんだ。そらあすこへもう・・・ 宮沢賢治 「ひのきとひなげし」
・・・ 女中に「抜毛を竹の根元に埋めると倍になって生えるそうだ」と母が「裏の姫竹の根に埋めておやり」と命じた。 女中はハイハイとうけ合って居たっけがそのまんま忘れて午後になって見ると大根の切っ端やお茶がらと一緒に水口の「古馬けつ」の中に入・・・ 宮本百合子 「秋毛」
・・・又、とったあとから生えるかもしれぬ由。そういう体質があるのですって。咲枝は疲れが出て、背中をいたがり、おふろのとき、私がサロメチールを背中じゅうにフーフーいってぬってやります。太郎はこの頃はダッチャン、アアチャン、オバチャン、みんないるので・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫