・・・「あるいはこれも、己の憐憫を買いたくないと云う反抗心の現れかも知れない。」――己はまたこうも考えた。そうしてそれと共に、この嘘を暴露させてやりたい気が、刻々に強く己へ働きかけた。ただ、何故それを嘘だと思ったかと云われれば、それを嘘だと思った・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・なんということもなく、父に対する反抗の気持ちが、押さえても押さえても湧き上がってきて、どうすることもできなかった。 ほど経てから内儀さんが恐る恐るやって来て、夕食のしたくができたからと言って来た。食慾は不思議になくなっていたけれども、彼・・・ 有島武郎 「親子」
・・・自然主義を捨て、盲目的反抗と元禄の回顧とを罷めて全精神を明日の考察――我々自身の時代に対する組織的考察に傾注しなければならぬのである。 五 明日の考察! これじつに我々が今日においてなすべき唯一である、そうしてまたす・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 実際の状況はと見れば、僅かに人畜の生命を保ち得たのに過ぎないのであるが、敵の襲撃があくまで深酷を極めているから、自分の反抗心も極度に興奮せぬ訳にゆかないのであろう。どこまでも奮闘せねばならぬ決心が自然的に強固となって、大災害を哀嘆して・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・と答えたが、僕はあとで無論もくそもあったものかという反抗心が起った。そして、それでもなお実は、吉弥がその両親を見送りに行った帰りに、立ち寄るのが本当だろうと、外出もしないで待っていたか、吉弥は来なかった。昼から来るかとの心待ちも無駄であった・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 鉄という、堅固なものが存在して、自分に反抗するように考えたからです。 このとき、やさしい星はいいました。「すべてのものの運命をつかさどっているあなたに、なんで汽車が反抗できますものですか。汽車や、線路は、鉄で造られてはいますが・・・ 小川未明 「ある夜の星たちの話」
・・・しかし、現在書かれている肉体描写の文学は、西鶴の好色物が武家、僧侶、貴族階級の中世思想に反抗して興った新しい町人階級の人間讃歌であった如く、封建思想が道学者的偏見を有力な味方として人間にかぶせていた偽善のヴェールをひきさく反抗のメスの文学で・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・私は私の意志からでない同様の犯行を何人もの心に加えることに言いようもない憂鬱を感じながら、玄関に私を待っていた友達と一緒になるために急いだ。その夜私は私達がそれからいつも歩いて出ることにしていた銀座へは行かないで一人家へ歩いて帰った。私の予・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・一つには今日の失敗り方が余りひど過ぎたので、自分は反抗的にもなってしまっていた。八銭のパン一つ買って十銭で釣銭を取ったりなどしてしきりになにかに反抗の気を見せつけていた。聞いたものがなかったりすると妙に殺気立った。 ライオンへ入って食事・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・味があって、かかる傾向を有するも要するにその交際する友に由ると言わぬばかりの文句すら交えたので、僕と肩を寄せて歩るいていた娘は、僕の手を強く握りました、それで僕も握りかえした、これが母へ対するはかない反抗であったのです。「それから山内の・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
出典:青空文庫