・・・汽車に揺られて、節々が痛む上に、半分寐惚けて、停車場に降りた。ここで降りたのは自分一人である。口不精な役人が二等の待合室に連れて行ってくれた。高い硝子戸の前まで連れて来て置いて役人は行ってしまった。フィンクは肘で扉を押し開けて閾の上に立って・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・さすがの美人が憂に沈でる有様、白そうびが露に悩むとでもいいそうな風情を殿がフト御覧になってからは、優に妙なお容姿に深く思いを寄られて、子爵の御名望にも代られぬ御執心と見えて、行つ戻りつして躊躇っていらっしゃるうちに遂々奥方にと御所望なさった・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
一 秋の雨がしとしとと松林の上に降り注いでいます。おりおり赤松の梢を揺り動かして行く風が消えるように通りすぎたあとには、――また田畑の色が豊かに黄ばんで来たのを有頂天になって喜んでいるらしいおしゃべりな雀が羽音をそろえて屋根や軒・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・舞台監督はこの新しき女優を神のごときサラと相並べることの不利を思って一時彼女を陰に置こうとした。しかしデュウゼはきかない。なあに競争しよう、比較していただこう。私は恐れはしない、Ci Sono auch' io なあに私だって女優だ。――そ・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
・・・たとえば、蓮華草この辺にもとさがし来て犀川岸の下田に降りつげんげん田もとめて行けば幾筋も引く水ありて流に映るおほどかに日のてりかげるげんげん田花をつむにもあらず女児らさきだつは姉か蓮華の田に降りてか行きかく行く十歳下三人・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
出典:青空文庫