・・・と三間とは隔っていない壁板に西日が射して、それが自分の部屋の東向きの窓障子の磨りガラスに明るく映って、やはり日増に和らいでくる気候を思わせるのだが、電線を鳴らし、窓障子をガタピシさせている風の音には、まだまだ冬の脅威が残っていた。「早く・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・五十近い働き者の女の直覚から、「やっぱしだめだ。まだまだこんな人相をしてるようでは金なぞ儲けれはせん。生活を立てているという盛りの男の顔つきではない。やっぱしよたよたと酒ばかし喰らっては、悪遊びばかししていたに違いない」腹ではこう思っている・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・という気持がしてにわかにその娘を心にとめるようになったのだが、しかしそれは吉田にとってまだまだ遠い他人事の気持なのであった。 ところがその後しばらくしてそこの嫁が吉田の家へ掛取りに来たとき、家の者と話をしているのを吉田がこちらの部屋のな・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・僕はまだまだ大なる願、深い願、熱心なる願を以ています。この願さえ叶えば少女は復活しないでも宜しい。復活して僕の面前で僕を売っても宜しい。少女が僕の面前で赤い舌を出して冷笑しても宜しい。「朝に道を聞かば夕に死すとも可なりというのと僕の願と・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・』『まだ取れるだろうか。』『まだまだ今日は十匹は取れますぞ。』 しかし僕は信じなかッた。十匹も取れたら持って帰ることができないと思った。猟師は岩に腰を掛けて煙草を二、三ぶく吸っていたが谷の方で呼び子の笛が鳴るとすぐ小藪の中に隠れ・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・自分がまだごく若く、青春がまだまだ永いことが自分に考えられないのだ。二十五歳まで学生時代全然チャンスがなくっても心配することはない。ましてそんなことはあり得ないことだ。恋愛のチャンス、女を知る機会にこと欠くようなことは絶対にない。ヴィナスが・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・古い大木となって、幹が朽ち苔が生えて枯れたように見えていても、春寒の時からまだまだ生きている姿を見せて花を咲かせる。 早生の節成胡瓜は、六七枚の葉が出る頃から結顆しはじめるが、ある程度実をならせると、まるでその使命をはたしてしまったかの・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・しかし何家の老人も同じ事で、親父はその老成の大事取りの心から、かつはあり余る親切の気味から、まだまだ位に思っていた事であろう、依然として金八の背後に立って保護していた。 金八が或時大阪へ下った。その途中深草を通ると、道に一軒の古道具屋が・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・気が出て敵は川添いの裏二階もう掌のうちと単騎馳せ向いたるがさて行義よくては成りがたいがこの辺の辻占淡路島通う千鳥の幾夜となく音ずるるにあなたのお手はと逆寄せの当坐の謎俊雄は至極御同意なれど経験なければまだまだ心怯れて宝の山へ入りながらその手・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・あんなことをして皆を笑わせた滑稽が、まだまだ自分の気の確かな証拠として役に立ったのか、「面白いおばあさんだ」として皆に迎えられたのか、そこまではおげんも言うことが出来なかった。とにかく、この蜂谷の医院へ着いたばかりに桑畠を焼くような失策があ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
出典:青空文庫