・・・私にはただなんとなくそれがおとぎ話にあるようなさびしい山中の妖精の舞踊を思い出させた。そしてその時なぜだか感傷的な気分を誘われた。 その時見舞った病人はそれからまもなくなくなったのである。 私は今でも盆踊りというとその夜を思い出すが・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・読者は無論の事、いろいろな種類のものを手に応じて賞翫する趣味を養成せねば損であろう。余は先に「作物の批評」と題する一篇を草して批評すべき条項の複雑なる由を説明した。この篇は写生文を品評するに当ってその条項の一となるべき者を指摘してわが所論の・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・「剛健な趣味を養成するための旅行だから……」「そんな旅行なのかい。ちっとも知らなかったぜ。剛健はいいが饂飩は平に不賛成だ。こう見えても僕は身分が好いんだからね」「だから柔弱でいけない。僕なぞは学資に窮した時、一日に白米二合で間に・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・けれども一国の学者を挙げて悉く博士たらんがために学問をするというような気風を養成したり、またはそう思われるほどにも極端な傾向を帯びて、学者が行動するのは、国家から見ても弊害の多いのは知れている。余は博士制度を破壊しなければならんとまでは考え・・・ 夏目漱石 「博士問題の成行」
・・・ 美術学校でこういう文学的の会を設立して、諸君の専門技芸以外に、一般文学の知識と趣味を養成せられるのは大変に面白い事と思います。ただいま正木校長の御話のように文学と美術は大変関係の深いものでありますから、その一方を代表なさる諸君が文学の・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・自分は今これだけの富の所有者であるが、それをこういう方面にこう使えば、こういう結果になるし、ああいう社会にああ用いればああいう影響があると呑み込むだけの見識を養成するばかりでなく、その見識に応じて、責任をもってわが富を所置しなければ、世の中・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・綜合というのは、これに反し定義、要請、公理等の過程によって結論を証明する、いわゆる幾何学的方法である。而して彼は彼の『省察録』において専ら分析的方法を取ったという。何となれば、幾何学においては、その根本概念が感官的直観と一致するが故に、それ・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・うが如く、往古蒙昧の世に無智無学の蛮民等が、其目に触れ心に感ずる所を何の根拠もなく二様に区別して、之に附するに漠然たる陰陽の名を以てしたるまでのことにして、人間の男女も端なく其名籍の中に計えられ、男は陽性、女は陰性と、勝手次第に鑑定せられた・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・世間に言う姦婦とは多くは斯る醜界に出入し他の醜風に揉れたる者にして、其姦固より賤しむ可しと雖も、之を養成したる由来は家風に在りと言わざるを得ず。清浄無垢の家に生れて清浄無垢の父母に育てられ、長じて清浄無垢の男子と婚姻したる婦人に、不品行を犯・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・故に下等士族が教育を得てその気力を増し、心の底には常に上士を蔑視して憚るところなしといえども、その気力なるものはただ一藩内に養成したる気力にして、所謂世間見ずの田舎者なれば、他藩の例に傚てこれを実地に活用すること能わず。かつその仲間の教育な・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
出典:青空文庫