・・・して、我輩が通俗の意味に用うる道徳は、これを修めんとして修むべからず、これを破らんとして破るべからず、徳もなく不徳もなき有様なれども、後にここに配偶を生じ、男女二人相伴うて同居するに至り、始めて道徳の要用を見出したり。その相伴うや、相共に親・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ 狐は鷹揚に笑いました。「まあそうです。」「お星さまにはどうしてああ赤いのや黄のや緑のやあるんでしょうね。」 狐は又鷹揚に笑って腕を高く組みました。詩集はぷらぷらしましたがなかなかそれで落ちませんでした。「星に橙や青やい・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・ 校長は鷹揚にめがねを外しました。そしてその武田金一郎という狐の生徒をじっとしばらくの間見てから云いました。「お前があの草わなを運動場にかけるようにみんなに云いつけたんだね。」 武田金一郎はしゃんとして返事しました。「そうで・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・ 十九にもなったものを只食わしては置けないと云うので、あらんかぎりの努力をして漸う専売局の極く極く下の皆の取り締りにしてもらったのは、良吉のひどい骨折りであった。 免職されない代り、目立ってもらうものが増えもしない。 何をしても・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・と、まことに鷹揚な首領の返事や「それは落選候補の公約であった」という名回答もありました。 日比谷の放送討論会などの席上では、大変賑やかに食糧事情対策が論ぜられます。野草のたべかたについての講義――云いかえれば、私たち日本の人間が、ど・・・ 宮本百合子 「公のことと私のこと」
・・・ 私の魂はこのかすかな生を漸う保って居る哀れな妹の上にのみ宿って供に呼吸し共に喘いで居る。 私の手の中に刻々に冷えまさる小さい五本の指よ、神様! 私はたまらなくなった。 酔った様に部屋を出た。行く処もない。私は恐ろしさに震き・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ 長年の勉強と努力で、漸う出来た私の智慧の庫を、この児は、生れながらにして至極小さくはあるが持って居る。勝れた利口に育ってくれる事は確かである。 私は、どうしても、好い自慢の出来る児に仕立てあげなければ……。 あんまり可愛がりす・・・ 宮本百合子 「暁光」
二日も降り続いて居た雨が漸う止んで、時候の暑さが又ソロソロと這い出して来た様な日である。 まだ乾き切らない湿気と鈍い日差しが皆の心も体も懶るくさせて、天気に感じ易い私は非常に不調和な気分になって居た。 一日中書斎に・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・おめにかかれば、先生はああいう方であるからそつのない、鷹揚な、包括力ある言葉をかけて下さったであろうと思う。 坪内先生は非常に聰明な資質の先達者であった。正宗白鳥氏が先日、逍遙博士は文学の師であるばかりでなく生死に処する道を教えた方であ・・・ 宮本百合子 「坪内先生について」
・・・「漸う分りました。此処からです。此処から入ったんです。 間違いなく此処です。 そら、斯う鍵が掛って居ますねそれを斯う分けましょう。そして、錠を突あげると何でもなく明いてしまう。奴等あ何と云ったって、本職なんですからな。・・・ 宮本百合子 「盗難」
出典:青空文庫