・・・醜くてすごいものばかり。オフィス、デパート、工場、映画館、はだかレヴュウ。いるはずが無い。女子大の校庭のあさましい垣のぞきをしたり、ミス何とかの美人競争の会場にかけつけたり、映画のニューフェースとやらの試験場に見学と称してまぎれ込んだり、や・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・ジャズや弁証法的唯物論のはやる都会でも、朝顔の鉢はオフィスの窓に、プロレタリアの縁側に涼風を呼んでいるのである。 この日本的の涼しさを、最も端的に表現する文学はやはり俳句にしくものはない。詩形そのものからが涼しいのである。試みに座右の漱・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・車掌が next station Post-office といってガチャリと車の戸を閉めた。とまるたびにつぎの停車場の名を報告するのがこの鉄道の特色なのである。向うの方に若い女と四十恰好の女が差し向いに座を占めていた。吾輩の右に一間ばかり隔・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ 今日の生産拡充の要求は、これまでならばオフィス・ガールになったであろう若い婦人たちを生産面での活動に迎えると同時に、もとならば、紡績工場へ年期の前借で売られて行った村の娘たちを、機械工業に吸収して「旬日ならずして熟練工化せんとする」方・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・そして、又 office に行き丁度三時頃家へかえり切りになる。地震は、相変らず時々来るが、火事はまかさ来まいと思い、荷作りなどをしないでも大丈夫だと、下の婆さんに云って一先ずガード下に地震をよけて居るうちに、五時頃、段々火の手が迫って来る・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・ところが、醜として撮影された部分が人生の情景として、感情をもって見れば常に必しも醜ではなく、首都の美観の標本として示されたものの中には、却って東洋における後進資本主義の凡庸なオフィスビルディングの羅列のみしかないのもあった。都市の美醜、人生・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
出典:青空文庫