・・・持たず、伏せをしたように頭を低めて、馬の背中にぴたりと体をつけたまま、手綱をしゃくっている騎手の服の不気味な黒と馬の胴につけた数字の1がぱっと観衆の眼にはいり、1か7か9か6かと眼を凝らした途端、はやゴール直前で白い息を吐いている先頭の馬に・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・ 一声――二声――三声――もう鳴かない。ゴールへ入ったんだ。行一はいつか競漕に結びつけてそれを聞くのに慣れてしまった。 四「あの、電車の切符を置いてってくださいな」靴の紐を結び終わった夫に帽子を渡しながら、信子は・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・しかし病気というものは決して学校の行軍のように弱いそれに堪えることのできない人間をその行軍から除外してくれるものではなく、最後の死のゴールへ行くまではどんな豪傑でも弱虫でもみんな同列にならばして嫌応なしに引き摺ってゆく――ということであった・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・ スタートラインに並んで、未だ出発の合図のピストルの打ち鳴らされぬまえに飛び出し、審判の制止の声も耳にはいらず、懸命にはしってはしってついに百米、得意満面ゴールに飛び込み、さて写真班のフラッシュ待ちかまえ、にっと笑ってみるのだが、少し様・・・ 太宰治 「答案落第」
・・・の最後のゴールに向かってたどたどしい歩みを続けているもののようにも思われるのである。「文学も他の芸術も、社会人間の経済状態の改善に直接何かの貢献をするものでなければならない」というような考えや、また反対に「文学その他の芸術は芸術のための・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・特に就中、詩人の影響されたことは著るしく、独逸のデエメル、イワン・ゴール、仏蘭西のグウルモン、ジャン・コクトオ、ヴァレリイ等、殆んど近代の詩人にして、ニイチェからの思想的、哲学的影響を受けないものは一人もない。 それほどニイチェは、多く・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・はっと気がついたら、茶の間で盛にオテテコテンテン、と陽気にオールゴールが鳴って居るのでびっくりした。家の目醒しは、引越し祝にN氏から贈られたもので、普通の目醒し時計のようにジジジジとただやかましくなるのではない。時間になると粤調、茉莉花とい・・・ 宮本百合子 「木蔭の椽」
・・・わたしは、これから担ぎ出して、あるゴールまで運ぼうとする材木の下にはいこんだ。そして、材木を肩にかつぎあげ、いわば身たけよりはるかに長い材木を背負わされた小僧の姿で歩き出したのであった。 私は、こうきめた。「播州平野」をかいた方法で、こ・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・そして、イギリスの独特な資本主義発達の過程はシェクスピアを生んだ環境そのものでディケンズの天才の羽根をおらせた。ゴールスワージーは、魅力ある作家だったけれども、彼の文学にも終点は「人生はこうしたものだ」“Life is such a thi・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・「ポーかゴールキーが書いたらどんなだったでしょう。「ええほんとにねえ。 若し私達がそれをモデルにした処がいかにも下司な馬鹿馬鹿しい滑稽ほか出されませんからねえ。 そんな事を書くには年も若すぎるし第一あんまり幸福すぎますも・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
出典:青空文庫