・・・ 遠藤はこう言いながら、上衣の隠しに手を入れると、一挺のピストルを引き出しました。「この近所にいらっしゃりはしないか? 香港の警察署の調べた所じゃ、御嬢さんを攫ったのは、印度人らしいということだったが、――隠し立てをすると為にならん・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・突然その部屋の壁の向こうに、――たしかに詩人のトックの家に鋭いピストルの音が一発、空気をはね返すように響き渡りました。十三 僕らはトックの家へ駆けつけました。トックは右の手にピストルを握り、頭の皿から血を出したまま、高山植物・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・――これが又右の手には小銃を持ち、左の手にはピストルを持って一時に二人射殺すと言う、湖南でも評判の悪党だったんだがね。………」 譚は忽ち黄六一の一生の悪業を話し出した。彼の話は大部分新聞記事の受け売りらしかった。しかし幸い血のよりもロマ・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・たといピストルを用うる代りに新聞の記事を用いたとしても。 又 輿論の存在に価する理由は唯輿論を蹂躙する興味を与えることばかりである。 敵意 敵意は寒気と選ぶ所はない。適度に感ずる時は爽快であり、且又健・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・すると番附には「ピストル強盗清水定吉、大川端捕物の場」と書いてあった。 年の若い巡査は警部が去ると、大仰に天を仰ぎながら、長々と浩歎の独白を述べた。何でもその意味は長い間、ピストル強盗をつけ廻しているが、逮捕出来ないとか云うのだった。そ・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・若しも厭の何のと云おうものなら、笞の憂目を見るは愚かなこと、いずれかのパシャのピストルの弾を喰おうも知れぬところだ。スタンブールから此ルシチウクまで長い辛い行軍をして来て、我軍の攻撃に遭って防戦したのであろうが、味方は名に負う猪武者、英吉利・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・その時、橇の上から轟然たるピストルのひゞきが起った。彼は、引金を握りしめた。が引金は軽く、すかくらって辷ってきた。安全装置を直すのを忘れていたのだ。「どうした、どうした?」 ピストルに吃驚した竹内が歩哨小屋から靴をゴト/\云わして走・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ 皮に入ったピストルを肩からかけ、剣を吊した門衛に小さいカードと引きくらべに、ジロ/\顔をしらべられてから、俺だちは鉄の門を入った。――入ると、後で重い鉄の扉がギーと音をたてゝ閉じた。 俺はその音をきいた。それは聞いてしまってからも・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・二、三人の棒頭にピストルを渡すと、すぐ逃亡者を追いかけるように言った。「ばかなことをしたもんだ」 誰だろう? すぐつかまる。そしたらまた犬が喜ぶ! 眼下の線路を玩具のような客車が上りになっているこっちへ上ってくるのが見えた。疲れ・・・ 小林多喜二 「人を殺す犬」
・・・このコルクのピストルはマヤに遣るの。(コルクを填こわくって。わたしがお前さんを撃ち殺すかと思ったの。まさかお前さんがそんなことを思うだろうとは、わたし思わなくってよ。それはわたしが途中から出てあの座に雇われたのだから、お前さ・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
出典:青空文庫