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・・・銀灰色の猫の児は今日も私のポーチで居睡っているだろう。 周囲は陽気で健康で、美しい。けれども今日は心が淋しい。重い苦しい寂寥では無い。今日の空気のように平明な心が、微かながら果もなく流れ動く淋しさである。 隅から隅まで小波も立てずに・・・
宮本百合子
「追慕」
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・・・私の驚きに頓着せず俥夫は梶棒を下した。ポーチに、棕梠の植木鉢が並べてある。傍に、拡げたままの新聞を片手に、瘠せ、ひどく平たい顱頂に毛髪を礼儀正しく梳きつけた背広の男が佇んでいる。彼は、自分の玄関に止った二台の車を、あわてさわがず眺めていたが・・・
宮本百合子
「長崎の印象」