・・・「そうですね、一時凌ぎさえつけて頂けりゃ、戸沢さんでも好いんですがね。」「僕がかけて来ます。」 洋一はすぐに立ち上った。「そうか。じゃ先生はもう御出かけになりましたでしょうかってね。番号は小石川の×××番だから、――」 ・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・……いえね、いよいよとなれば、私は借着の寸法だけれど、花柳の手拭の切立てのを持っていますから、ずッぷり平右衛門で、一時凌ぎと思いましたが、いい塩梅にころがっていましたよ。大丈夫、ざあざあ洗って洗いぬいた上、もう私が三杯ばかりお毒見が済んでい・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・わが心は依然として空虚な廃屋のようで、一時凌ぎの手入れに、床の抜けたのや屋根の漏るのを防いでいる。継ぎはぎの一時凌ぎ、これが正しく私の実行生活の現状である。これを想うと、今さらのように armer Thor の嘆が真実であることを感ずる。・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・大変不自由な一時凌ぎの場所で、この寒い冬を迎えて勉強してゆかなければならない人も、どっさり在りましょう。学校どころか、家が戦災で失われた方々も少くないでしょう。 学校の問題については、先生と父兄とにだけ万事をまかせて、生徒として困ったこ・・・ 宮本百合子 「美しく豊な生活へ」
出典:青空文庫