・・・もっともお島婆さんの方は、追善心に葬式万端、僕がとりしきってやって来たがね。それもこれも阿母さんの御世話になっていない物はないんだよ。」と、末は励ますように述べ立てるのです。「阿母さん。難有う。」「何だね、お前、私より泰さんに御礼を申し上げ・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・……小遣万端いずれも本家持の処、小判小粒で仕送るほどの身上でない。……両親がまだ達者で、爺さん、媼さんがあった、その媼さんが、刎橋を渡り、露地を抜けて、食べものを運ぶ例で、門へは一廻り面倒だと、裏の垣根から、「伊作、伊作」――店の都合で夜の・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・して来た容子に由ると、その後も続いて沼南の世話になっていたらしく、中国辺の新聞記者となったのも沼南の口入なら、最後に脚気か何かの病気でドコかの病院に入院して終に死んでしまった病院費用から死後の始末まで万端皆沼南が世話をしてやったのだそうだ。・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 身寄りの者もないらしく、また、むかしの旦那だと名乗って出る物好きもなく葬儀万端、二三の三味線の弟子と長屋の人たちの手を借りて、おれがしてやった。長屋の住人の筈のお前は、その時既にどこやら姿をくらましていた。 ひとにきけば、湯崎より・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・種吉がかねがね駕籠かき人足に雇われていた葬儀屋で、身内のものだとて無料で葬儀万端を引き受けてくれて、かなり盛大に葬式が出来た。おまけにお辰がいつの間にはいっていたのか、こっそり郵便局の簡易養老保険に一円掛けではいっていたので五百円の保険料が・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ そういう家に不幸のあった時には村じゅうの人が寄り集まって万端の世話をする。世話人があまりおおぜいであるために事務はかえって渋滞する場合もある。そして最後にはやはり酒が出なければ収まらない。 ある豪家の老人が死んだ葬式の晩に、ある男・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・あなた方は博士と云うと諸事万端人間いっさい天地宇宙の事を皆知っているように思うかも知れないが全くその反対で、実は不具の不具の最も不具な発達を遂げたものが博士になるのです。それだから私は博士を断りました。しかしあなた方は――手を叩いたって駄目・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・然かのみならず不品行にして狡猾なる奴輩は、己が獣行を勝手にせんとして流石に内君の不平を憚り、乃ち策を案じて頻りに其歓心を買い其機嫌を取らんとし、衣裳万端その望に任せて之を得せしめ、芝居見物、温泉旅行、春風秋月四時の行楽、一として意の如くなら・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・その事務、千緒万端、いずれも皆、戦隊外の庶務にして、その大切なるは戦務の大切なるに異ならず、庶務と戦務と相互に助けて、はじめて海陸軍の全面を維持するは、あまねく人の知るところならん。 然らばすなわち全国学問の事においても、教育の針路を定・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・又台所の世帯万端、固より女子の知る可き事なれば、仮令い下女下男数多召使う身分にても、飯の炊きようは勿論、料理献立、塩噌の始末に至るまでも、事細に心得置く可し。自分親から手を下さゞるにもせよ、一家の世帯は夢中に持てぬものなれば、娘の時より之に・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
出典:青空文庫