・・・ 音の力は恐ろしいもので、どんな下等な男女が弾吹しても、聴く方から思うと、なんとなく弾吹者その人までをゆかしく感ずるものである。ことにこの盲人はそのむさくるしい姿に反映してどことなく人品の高いところがあるので、なおさら自分の心を動かした・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・其頃は小学校は上等が一級から八級まで、下等が一級から八級までという事に分たれて居ましたが、私は試験をされた訳では無いが最初に下等七級へ編入された。ところが同級の生徒と比べて非常に何も彼も出来ないので、とうとう八級へ落されて仕舞った。下等八級・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・それでも、兄は誇の高いお人でありますから、その女の子に、いやらしい色目を使ったり、下等にふざけたりすることは絶対にせず、すっとはいって、コーヒー一ぱい飲んで、すっと帰るということばかり続けて居りました。或る晩、私とふたりで、その喫茶店へ行き・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・店の食卓も、腰掛も、昔のままだったけれど、店の隅に電気蓄音機があったり、壁には映画女優の、下品な大きい似顔絵が貼られてあったり、下等に荒んだ感じが濃いのであります。せめて様々の料理を取寄せ、食卓を賑かにして、このどうにもならぬ陰鬱の気配を取・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・日本へ来ている外国人には珍しい下等な暮しをしていたが、しかし月給はかなり沢山に取っているという噂であった。日本へ来ているのは金をこしらえるためだから、なんでも出来るだけ倹約するのですと彼自身人に話したそうである。 黒田の居た二階の縁側に・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・しかし川柳の下等なものになると、表面上は機微な客観的真実の認識と描写があるようでも、句の背後からそれを剔出して誇張し見せびらかす作者の主観が濃厚に浮かび上がって見えるのをいかんともし難い、これは風雅の誠のせめ方が足りないで途中で止まっている・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・その下等動物を、私は初めて見た。その中には二三疋の小魚を食っているのもあった。「そら叔父さん綸が……」雪江は私に注意した。釣をする人たちによって置かれた綸であった。松原が浜の突角に蒼く煙ってみえた。昔しの歌にあるような長閑さと麗かさがあ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・国を立つ前五六年の間にはこんな下等な考は起さなかった。ただ現在に活動しただ現在に義務をつくし現在に悲喜憂苦を感ずるのみで、取越苦労や世迷言や愚痴は口の先ばかりでない腹の中にもたくさんなかった。それで少々得意になったので外国へ行っても金が少な・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・元来仕えるとは、君臣主従など言う上下の身分を殊にして、下等の者が上等の者に接する場合に用うる文字なり。左れば妻が夫に仕えるとあれば、其夫妻の関係は君臣主従に等しく、妻も亦是れ一種色替りの下女なりとの意味を丸出にしたるものゝ如し。我輩の断じて・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ 数年前英国にて下院を改革し、下等の人民までも議院の事に参与するの法を定めたりしに、その時にあたりて識者の考に、今後議院の権は役夫・職人の手に帰し、あるいは害あるべしといい、あるいは益あるべしといい、議論喋々たりしが、その成跡を見れば、・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
出典:青空文庫