・・・ところが魚というのは、それは魚だからいさえすれば餌があれば食いそうなものだけれども、そうも行かないもので、時によると何かを嫌って、例えば水を嫌うとか風を嫌うとか、あるいは何か不明な原因があってそれを嫌うというと、いても食わないことがあるもん・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ 東京の市街だけでも、二里四方の面積にわたって四十一万の家々が灰になり、死者七万四千、ゆくえ不明二十一万、焼け出された人口が百四十万、損害八億一千五百万円に上っています。横浜、小田原なぞはほとんど全部があとかたもなく焼けほろびてしまいま・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・この作品は、鴎外に依って訳され、それから、なんという雑誌に発表されたかは、一切不明であるという。のち「蛙」という単行本に、ひょいと顔を出して来たのである。鴎外全集の編纂者も、ずいぶん尋ねまわられた様子であるが、「どうしても分らない。御垂教を・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・私は意味不明の事を言った。 廊下を出たら、大隅君がズボンに両手を突込んで仏頂面してうろうろしていた。私は大隅君の背中をどんと叩いて、「君は仕合せものだぞ。上の姉さんが君に、家宝のモオニングを貸して下さるそうだ。」 家宝の意味が、・・・ 太宰治 「佳日」
・・・ 僕の大きくなった士族町からは昔の城跡が近かった。不明門という処があった。昔、其処に閉じたままの城門があったので、それで名に呼ばれて居るのであるが、其頃は門などはもうなく、石垣の間からトカゲがその体を日に光らせて居た。濠の土手に淡竹の藪・・・ 田山花袋 「新茶のかおり」
・・・ただし近所のA家に西洋猫がいるかどうかは不明。新聞の写真のB猫とC猫との肖似。ただし記憶だけで他に実証なし。BCとDとの幾分の肖似。新聞記事によると、B猫が不良で夜遊び昼遊びをして困るという飼主夫人の証言。これだけである。このいずれも当面の・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
・・・これが東京音頭の流行となんらかの関係があるかどうかは不明であるが多少の関係があるかもしれない。 洋画の方に「測候所」があると、日本画の方にも「測候所」及び「海洋気象台」がある。ガードやガソリンスタンドなども両方にある。それだのに、洋画の・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・麻を着、灰を被って不明を陛下に謝し、国民に謝し、死んだ十二名に謝さなければならぬ。死ぬるが生きるのである、殺さるるとも殺してはならぬ、犠牲となるが奉仕の道である。――人格を重んぜねばならぬ。負わさるる名は何でもいい。事業の成績は必ずしも問う・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・その生垣につづいて、傾きかかった門の廡には其文字も半不明となった南畝のへんがくが旧に依って来り訪う者の歩みを引き留める。門をはいると左手に瓦葺の一棟があって其縁先に陶器絵葉書のたぐいが並べてある。家の前方平坦なる園の中央は、枯れた梅樹の伐除・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・と同時に、この講演に来る前あなた方が経験された事、すなわち途中で雨が降り出して着物が濡れたとか、また蒸し暑くて途中が難儀であったとかいう意識は講演の方が心を奪うにつれて、だんだん不明暸不確実になってくる。またこの講演が終って場外に出て涼しい・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
出典:青空文庫