・・・いわゆる教育なるものは則ち能力の培養にして、人始めて生まれ落ちしより成人に及ぶまで、父母の言行によって養われ、あるいは学校の教授によって導かれ、あるいは世の有様に誘われ、世俗の空気に暴されて、それ相応に萌芽を出し生長を遂ぐるものなれば、その・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・むしろかかる紀行の中へかかる世俗的な目的をも加えしかも充分に成功したる楽天の手腕には驚かざるを得ない。〔中村楽天著『徒歩旅行』俳書堂 明治35・7・9刊〕 正岡子規 「徒歩旅行を読む」
・・・その放縦不羈世俗の外に卓立せしところを見るに、蕪村また性行において尊尚すべきものあり。しかして世はこれを容れざるなり。 蕪村の名は一般に知られざりしにあらず、されど一般に知られたるは俳人としての蕪村にあらず、画家としての蕪村なり。蕪村歿・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・れて来る科学的な綜合的な事物の見かたと判断、生活に一定の方向を求めてゆく感情の思意ある一貫性などが、強靭な生活の腱とならなければ、とても今日と明日との変転に処して人間らしい成長を保ってゆけまいと思う。世俗な勝気や負けん気の女のひとは相当ある・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・ 秋声は、畏れられる作家、そういう大家ぶりの作家ではなかった。世俗的な威風に満たず時に逸脱しその逸脱の本質は「元の枝へ」と「仮装人物」が「新生」と異るように異るものであった。藤村はおどろくばかり計画性にとんだ作家で、その自己に凝結する力・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・これらの人々の顔ぶれの世俗的に賑やかな体面上からも、日本の文学が瀕している危機にたいして黙っていられないはずであろうと思えた。こちらからの話があれば、文芸家協会の議題にのぼることなのだろうか。 光線のたりないその事務室で、正直な某氏は、・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・ 社会全般のこととしていえば、この数ヵ月間の推移によって、過去数十年、あるいは数百年、習慣的な不動なものと思われてきた多くの世俗の権威が、崩壊の音たかく、地に墜ちつつある。その大規模な歴史の廃墟のかたわらに、人民の旗を翻し、さわやかに金・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・このごろ初恋につれて新しい興味をもたれているデイアナ・ダーヴィン、この女優はその歌にほんとうの濃やかな味わいがないとおりに、修業や世俗の悧巧さでおおいきれない素質としての平凡さ、詰らなさがあるように感じられる。 日本の映画女優で、頭のい・・・ 宮本百合子 「映画女優の知性」
・・・特に自身の生活態度に於ては封建的なものの一つとして世俗な力に従う傾向のあった鴎外がほかならぬこの道を、歴史小説に於て辿ったことも肯けるのである。 鴎外の歴史的題材を扱った作品の、略「栗山大膳」ぐらいまでを歴史小説と云い、「澀江抽斎」「伊・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・それと同様に、一応野望的な作家の心に湧いたより活溌な、より広汎な、より社会的な文学行動への欲望が、その当然な辛苦、隠忍、客観的観察、現実批判の健康性を内外から喪失して、しかも周囲の世俗の行動性からの衝撃に動かされ、作家のより溌剌な親しみのあ・・・ 宮本百合子 「おのずから低きに」
出典:青空文庫