・・・ たくさんの袋を外からつまんで見ているうちに、中空で虫のお留守になっているのがかなり多くのパーセントを占めているのに気がついた。よく見ていると、そのようなのに限って袋の横腹に直径一ミリかそこらの小さい孔がある事を発見した。変だと思って鋏・・・ 寺田寅彦 「簔虫と蜘蛛」
・・・と四拍子の簡単な旋律を少しぼやけた中空なバリトンで歌い歩くのがいた。その大きなまっかな張り抜きの唐辛子の横腹のふたをあけると中に七味唐辛子の倉庫があったのである。この異風な物売りはあるいは明治以後の産物であったかもしれない。「お銀が作っ・・・ 寺田寅彦 「物売りの声」
・・・、実例をツルゲーネフに取ってこれを云えば、彼の詩想は秋や冬の相ではない、春の相である、春も初春でもなければ中春でもない、晩春の相である、丁度桜花が爛と咲き乱れて、稍々散り初めようという所だ、遠く霞んだ中空に、美しくおぼろおぼろとした春の月が・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
・・・「その方はアツレキ三十一年七月一日夜、アフリカ、コンゴオの林中空地に於て、故なくして擅に出現、折柄月明によって歌舞、歓をなせる所の一群を恐怖散乱せしめたことは、しかとその通りにちがいないか。」「全くその通りです。」「よろしい。何・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・よほどの仲よしか、親類ででもなければ、電話で用だけ足して会わないで帰っても何とも云えない風習ですから、家中空になっても私共が、日本で経験するような不便、不都合はありません。 で、二人とも学校の時は、勿論昼食は外ですませます。学校の中に、・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・そして近頃、その通りのつき当りに、何という医者だったか屋根の上へ、大万燈のように仰山な電飾広告をつけたのを遙か中空に見上げながら、だらだら坂をのぼって左、神楽坂へ行く。時には、神田辺へ行った帰り、廻って逆に音羽通を戻って来ることなどもある。・・・ 宮本百合子 「茶色っぽい町」
・・・池の面がさやかに蒼んで、縁側からは見えない中空の何処かに現れた月を思いがけずうつしていた。私は、永い間その月かげを見守った。月を中心に、文鳥や沈丁花が心を往来する。私は元読んだ短い詩の断片を思い出した。秋来見レ月多二帰思一自・・・ 宮本百合子 「春」
・・・後から取りつけたに違いないバルコニーが一つ無意味に中空にとび出している。したに、 ホテル・パッサージ 新しいロシアに就ては未だ沢山書きたいことがあるし、又書かなければならない事がある。モスクワ生活の印象としてもこれは一部分だ・・・ 宮本百合子 「モスクワ印象記」
出典:青空文庫