・・・………… * * * * * 大正十年五月十六日の午後四時頃、僕の乗っていた江丸は長沙の桟橋へ横着けになった。 僕はその何分か前に甲板の欄干へ凭りかかったまま、だんだん左舷へ迫って来る湖南の府城を眺めていた。高い曇天・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・二 わたしが鬼界が島に渡ったのは、治承三年五月の末、ある曇った午過ぎです。これは琵琶法師も語る事ですが、その日もかれこれ暮れかけた時分、わたしはやっと俊寛様に、めぐり遇う事が出来ました。しかもその場所は人気のない海べ、――た・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ 予もまた今年の五月の初め、漂然として春まだ浅き北海の客となった一人である。年若く身は痩せて心のままに風と来り風と去る漂遊の児であれば、もとより一攫千金を夢みてきたのではない。予はただこの北海の天地に充満する自由の空気を呼吸せんがために・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・明治三十六年五月 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・明治四十年五月 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・かれこれするうちに、じきに四、五月ごろとなります。あの水晶のように明るい雪解けの春の景色はなんともいえませんからね。それまで、私は、あらしや、吹雪の唄でも楽しんできいています。そして、あなたたちが、岩穴の中で、こうもりのおばあさんからきいた・・・ 小川未明 「しんぱくの話」
・・・いって、箱の中から一枚のレコードを抜いて、盤にかけながら、「私は、この唄をきくと悲しくなるの、東京に生まれて、田舎の景色を知らないけれど、白壁のお倉が見えて、青い梅の実のなっている林に、しめっぽい五月の風が吹く、景色を見るような気がする・・・ 小川未明 「谷にうたう女」
・・・しかし、まアくびにもならずに勤めていましたので、父はそんな私を見て安心したのか、二年後の五月には七十六歳の大往生を遂げました。落語家でしたので新聞にちいさく出たが、浜子も玉子も来なかった。死んでしまっていたかもしれない。私は禁酒会へはいって・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・彼ら五人の親子は、五月の初旬にG村へ引移ったのであった。 彼は、たちまちこのあばらやの新生活に有頂天だったのである。そしてしきりに生命とか、人類の運命とか、神とか愛とかいうことを考えようとした。それが彼の醜悪と屈辱の過去の記憶を、浄化す・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・いかにも五月蠅そうにそれをやるのである。私はよくそれを眺めて立ち留っていた。いつも夜更けでいかにも静かな眺めであった。 しばらく行くと橋がある。その上に立って溪の上流の方を眺めると、黒ぐろとした山が空の正面に立ち塞がっていた。その中腹に・・・ 梶井基次郎 「闇の絵巻」
出典:青空文庫