・・・繕も試み候えども寸毫も利目無之夫より篤と熟考の末家の真上に二十尺四方の部屋を建築致す事に取極め申候是は壁を二重に致し光線は天井より取り風通しは一種の工夫をもって差支なき様致す仕掛に候えば出来上り候上は仮令天下の鶏共一時に鬨の声を揚げ候とも閉・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・気高いということは富士山や御釈迦様や仙人などを描いて、それで気高いという訳じゃない。仮令馬を描いても気高い。猫をかいたら――なお気高い。草木禽獣、どんな小さな物を描いても、どんなインシグニフィカントな物を描いても、気高いものはいくらもありま・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・左れば父母が其子を養育するに、仮令い教訓の趣意は美なりとするも、女子なるが故にとて特に之を厳にするは、男女同症の患者に対して服薬の分量を加減するに異ならず。女子の方に適宜なれば男子の方は薬量の不足を感じ、男子に適量なりとすれば女子の服薬は適・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・余輩断じていわん、家に財あり、父母に才学あらば、十歳前後の子を今の学校に入るるべからず、またこれを他人に託すべからず、仮令いあるいは学校に入れ他人に託するも、全くこれを放ちて父母教育の関係を絶つべからずと。然りといえども実際において人の家に・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・一 婦人の妊娠出産は勿論、出産後小児に乳を授け衣服を着せ寒暑昼夜の注意心配、他人の知らぬ所に苦労多く、身体も為めに瘠せ衰うる程の次第なれば、父たる者は其苦労を分ち、仮令い戸外の業務あるも事情の許す限りは時を偸んで小児の養育に助力し、暫く・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・第二には、仮令え不言の間に自ずから区別する所ありとするも、その教えの方法に前後本末を明言せずして、時としては私徳を説き、また時としては公徳を勧め、いずれか前、いずれか後なるを明らかにせざるがために、後進の学者をして方向を誤らしむるにあり。然・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・の下すったお手紙はわたしの心の中を光明と熱とで満したようで、わたしはあれを頂く頃は昼中も夢を見ているように、うろうろしておりましたが、あれがどれだけの事であったやら、後で思えばわたくしには分りません。仮令お手紙を上げたとて、虚が信になりもせ・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・尤も老人病弱者にても若し肉食を嫌うものがあればこれに適するような消化のいい食品をつくる事に就ては私共只今充分努力を致して居るのであります。仮令ば蛋白質をば少しく分解して割合簡単な形の消化し易いものを作る等であります。 第二に食事は一つの・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ けれども芳子さんは、どんな辛い時でも、自分の正しいと思う親切は、仮令政子さんが其を悦んでも悦ばないでも、行って居りました。 親切は、ひとに褒められる為にする事でもなく、お礼を云って貰う為めにする事でもございません。 よい事は、・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
・・・ 立役は一人の背に負わされていても、何かの必要から一旦舞台へ立ったら、仮令椅子の足になっても、心をすっぽかしていてはなるまい。綜合的な舞台の芸術を真個に生かすには、只一本無駄な花があってさえ全体の気分に関係する。濫な作者の道楽気は反省さ・・・ 宮本百合子 「印象」
出典:青空文庫