・・・ 泣けもせずキョトンとしているのを引き取ってくれた彦根の伯父が、お前のように耳の肉のうすい女は総じて不運になりやすいものだといったその言葉を、登勢は素直にうなずいて、この時からもう自分のゆくすえというものをいつどんな場合にもあらかじめ諦・・・ 織田作之助 「螢」
・・・かくて治子は都に近きその故郷に送り返され、青年は自ら望みて伯父なる人の別荘に独居し、悲しき苦しき一年を過ぐしたり。 青年は治子の事を思い絶たんともがきぬ、ついに思い絶ち得たりと自ら欺きぬ。自ら欺けるをかれはいつしか知りたれど、すでに一度・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・その伯父が、男は、嫁を取ると、もうそれからは力が増して来ない。角力とりでも、嫁を持つとそれから角力が落ちる。そんなことをよく云っていた。 十六の僕から見ると、二十三の兄は、すっかり、おとなとなってしまっていた。 兄は高等小学を出たゞ・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・児を棄てる日になりゃア金の茶釜も出て来るてえのが天運だ、大丈夫、銭が無くって滅入ってしまうような伯父さんじゃあねえわ。「じゃあ何かいい見込でも立ってるのかエ。「ナアニ、ちっとも立ってねえのヨ。「どうしたらそういい気になっていられ・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・「よその伯父さんが連れに来たんだ」「どんな伯父さんが」「よその伯父さんだよ」と涙を啜る。 自分は深い谷底へ一人取残されたような心持がする。藤さんはにわかに荷物を纒めて帰って行ったというのである。その伯父さんというのはだいぶ年・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・長兄を、父と全く同じことに思い、次兄を苦労した伯父さんの様に思い、甘えてばかりいました。私が、どんなひねこびた我儘いっても、兄たちは、いつも笑って許してくれました。私には、なんにも知らせず、それこそ私の好きなように振舞わせて置いてくれました・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・早く父母に死別し、親戚の家を転々して育って、自分の財産というものも、その間に綺麗さっぱり無くなっていて、いまは親戚一同から厄介者の扱いを受け、ひとりの酒くらいの伯父が、酔余の興にその家の色黒く痩せこけた無学の下婢をこの魚容に押しつけ、結婚せ・・・ 太宰治 「竹青」
・・・それ以来、私はきょうまで、小説らしいものは一行も書きません。伯父のところに、わずかながら蔵書がありますので、時たま明治大正の傑作小説集など借りて読み、感心したり、感心しなかったり、甚だふまじめな態度で吹雪の夜は早寝という事になり、まったく「・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・須々木乙彦のことが新聞に出て、さちよもその情婦として写真まで掲載され、とうとう故郷の伯父が上京し、警察のものが中にはいり、さちよは伯父と一緒に帰郷しなければならなくなった。謂わば、廃残の身である。三年ぶりに見る、ふるさとの山川が、骨身に徹す・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ある時彼の伯父に当る人で、工業技師をしているヤーコブ・アインシュタインに、代数学とは一体どんなものかと質問した事があった。その時に伯父さんが「代数というのは、あれは不精もののずるい計算術である。知らない答をXと名づけて、そしてそれを知ってい・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫