・・・「僕は、先月、ここの店の勘定を払ったか、どうか、……」 あまり元気の無い口調でした。「お勘定は要りません。出て行っていただきます。」 と、トヨ公は、れいの如く何の表情も無く言います。「なんだ、怒っていやがる。男類、女類、・・・ 太宰治 「女類」
・・・ 料理は、おなかに一杯になればいいというものでは無いということは、先月も言ったように思うけれども、さらに、料理の本当のうれしさは、多量少量にあるのでは勿論なく、また、うまい、まずいにあるものでさえ無いのである。料理人の「心づくし」それが・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・私、かれの本の出版を待つこと、切。 フィリップの骨格に就いて 淀野隆三、かれの訳したる、フィリップ短篇集、「小さき町にて。」一冊を送ってくれた。私、先月、小説集は誰のものでも一切、読みたくなかった。田中寛二の、Man・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・ 私は変人に非ず 先月号の小説新潮の、文壇「話の泉」の会で、私は変人だと云うことになっているし、なにか縄帯でも締めているように思われている。また私の小説もただ風変わりで珍らしい位に云われてきて、私はひそかに憂鬱な気持・・・ 太宰治 「わが半生を語る」
・・・ 先月からの雨に荒川があふれたと見えて、川沿いの草木はみんな泥水をかむったままに干上がって一様に情けない灰色をしていた。全色盲の見た自然はあるいはこんなものだろうかという気がして不愉快であった。 高圧電線の支柱の所まで来ると、川から・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・ 私が先月十五日の夜晩餐の招待を受けた時、先生に国へ帰っても朋友がありますかと尋ねたら、先生は南極と北極とは別だが、ほかのところならどこへ行っても朋友はいると答えた。これはもとより冗談であるが、先生の頭の奥に、区々たる場所を超越した世界・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生の告別」
・・・今晩返すからとお言いだから、先月の、そうさ、二十七日の日にお金を二円貸したんだよ。いまだに返金ないんだもの。あんな義理を知らない人ッちゃアありゃアしないよ」「千鳥さん、お前もお貸しかい。私もね、白縮緬の帯とね、お金を五十銭借りられて、や・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・実は僕も困ってるんだ。先月まではぼくは県庁の耕地整理の方へ出てたんだ。ところが部長と喧嘩してね、そいつをぶんなぐってやめてしまったんだ。商売をやるたって金もないしね、やっとその顕微鏡を友だちから借りてこの商売をはじめたんだ。同情してくれ給え・・・ 宮沢賢治 「植物医師」
・・・ 先月号の『行動』に婦人詩人中河幹子さんが、婦人作家評を執筆された。中で、私のことにもふれられ「獄中の人と結婚せられた心理はわかるようで不可能である。ああいうことはオクソクの他であるが、私は無意味であると思っている」と結論しておられる。・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・ こおっと、 あれは――何だったろう、お前、先月の十一日頃だったろう、 それだものもうざあっと、一月だよ。 自分の、すぐ眼の上で、ポキポキと音の出る様に骨だらけな指を、カキッ、カキッと折りまげるお金の顔を、お君はキョトン・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫