・・・と登勢の顔を見るなり言うのには、じつは手前どもはもう三年前からこちらの御主人にお世話をしていただいておりましたが、一度御寮人様にそのことでお詫びやら御礼かたがた御挨拶に上らねばと思いながらもつい……。公然と出入りしようという図太い肚で来たの・・・ 織田作之助 「螢」
・・・艶文を贈って返事が来ると、二人の仲は公然と認められ、男の子は相手を「おれの娘」とよび女の子は「あたいの好い人」とよび、友達に冷やかされてぽうっと赫くなってうつむくのが嬉しいのだった。 安子が毎朝教室へ行って机を開けると何通もの艶文がはい・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・ 私の黙っているのを見て、武はいまいましそうに舌打ちしましたが、『すぐ公然の女房になされ』『女房に?』『いやでござりますか?』『いやじゃないが、今すぐと言うたところで叔母が承知するかせんかわからんじゃないか』『叔母さ・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・ 此処は当時明や朝鮮や南海との公然または秘密の交通貿易の要衝で大富有の地であった泉州堺の、町外れというのでは無いが物静かなところである。 夕方から零ち出した雪が暖地には稀らしくしんしんと降って、もう宵の口では無い今もまだ断れ際にはな・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・夫はどうしてその女のひとを、もっと公然とたのしく愛して、妻の私までたのしくなるように愛してやる事が出来なかったのでしょう。地獄の思いの恋などは、ご当人の苦しさも格別でしょうが、だいいち、はためいわくです。 気の持ち方を、軽くくるりと変え・・・ 太宰治 「おさん」
・・・そうしてわたくしの恋愛を潔く、公然と相手に奪われてしまおうと存じました。」「それが反対になって、わたくしが勝ってしまいました時、わたくしは唯名誉を救っただけで、恋愛を救う事が出来なかったのに気が付きました。総ての不治の創の通りに、恋愛の・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・このように弟子たち皆の前で公然と私を辱かしめるのが、あの人の之までの仕来りなのだ。火と水と。永遠に解け合う事の無い宿命が、私とあいつとの間に在るのだ。犬か猫に与えるように、一つまみのパン屑を私の口に押し入れて、それがあいつのせめてもの腹いせ・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・たとえ公然と表立ってそれを指摘し攻撃する人がないとしても、それを審査し及第させた学者達は学界の環視の中に学者としての信用を失墜してしまわねばならないし、その学者の属する学団全体の信用をも害しない訳には行かない。従って審査委員自身は平気で涼し・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・だというふうに考えられて、公然とはできないことになっていたように記憶する。それでも、都会離れたこの浦里などでは、暗いさびしい貴船神社の森影で、この何百年前の祖先から土の底まで根をおろした年中行事がひそやかに行なわれていた。なんの罪もない日本・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・もしそうだとすると長い間封じ込められていた化け物どももこれから公然と大手をふって歩ける事になるのであるが、これもしかし私の疑心暗鬼的の解釈かもしれない。識者の啓蒙を待つばかりである。・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
出典:青空文庫