・・・ すると、がまがえるは、冷静な調子で、語りつづけました。「おまえさんは、どう思う。そんなにちょうがたくさんいて、どの圃にも、どの花壇にも、いっぱいで、みつを吸うばかりでなく卵を産みつけたとしたら。たちまち、若木は坊主となり、野菜の葉・・・ 小川未明 「冬のちょう」
・・・これを冷静に批評し得るほどの観察力観照力は、長い月日の間に、遅々として獲得するよりほかに方法はない。 こゝに初めて読書するということが有効になって来る。それは経験に直接即するよりも、遙かに秩序的であり組織的であるからである。更に詳しく述・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・ 迷いもせず一途に1の数字を追うて行く買い方は、行き当りばったりに思案を変えて行く人々の狂気を遠くはなれていたわけだが、しかし取り乱さぬその冷静さがかえって普通でなく、度の過ぎた潔癖症の果てが狂気に通ずるように、頑なその一途さはふと常規・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・ 夕餉をしたために階下へ下りる頃は、彼の心はもはや冷静に帰っていた。そこへ友達の折田というのが訪ねて来た。食欲はなかった。彼はすぐ二階へあがった。 折田は壁にかかっていた、星座表を下ろして来てしきりに目盛を動かしていた。「よう」・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・「最も活動する自然力を支配する人間は最も冷静だから安心し給え。」「豪いよ。」「勿論! そこで君のいう所のエンとは?」「帰ろうじゃアないか。帰宿って夕飯の時、ゆるゆる論ずる事にしよう。」「サア帰ろう!」と甲は水力電気論を懐・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・やはり先生のお言葉のとおり、人間は形の大きな珍動物に対しては、理窟もクソもありやしない、とても冷静な気持なんかで居られるものでない。 私は十銭の木戸銭を払って猛然と小屋の中に突入し勢いあまって小屋の奥の荒むしろの壁を突き破り裏の田圃へ出・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・男は、恐怖よりも歓喜を、五体しびれる程の強烈な歓喜を感じている様子であります。神を恐れぬこの傲慢、痴夢、我執、人間侮辱。芸術とは、そんなに狂気じみた冷酷を必要とするものであったでしょうか。男は、冷静な写真師になりました。芸術家は、やっぱり人・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・しかしレナードの急き込んだ質問は、冷静な、しかも鋭い答弁で軽く受け流された。 レナード「もし実際そんな重力の『場』があるなら、何かもっと見やすい現象を生じそうなものではないか。」 アインシュタイン「見やすいとか見やすくないとかいう事・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ 最も抒情的なものと考えられる詩歌の類で、普通の言い方で言えば作者の全主観をそのままに打ち出したといったようなものでも、冷静な傍観者から見れば、やはり立派な実験である。ただ他の場合と少しちがうことは、この場合においては作者自身が被試験物・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・僕は知らぬ。舌は縛られる、筆は折られる、手も足も出ぬ苦しまぎれに死物狂になって、天皇陛下と無理心中を企てたのか、否か。僕は知らぬ。冷静なる法の目から見て、死刑になった十二名ことごとく死刑の価値があったか、なかったか。僕は知らぬ。「一無辜を殺・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
出典:青空文庫