・・・ 振り動かすカンテラの火の尾をひくような、間のびした声で、駅の名を称んでいた。乗って来た汽車をやり過して、線路をこえると、追分宿への一本道が通じていた。浅間山が不気味な黒さで横たわり、その形がみるみるはっきりと泛びあがって来る。間もなく・・・ 織田作之助 「秋の暈」
・・・ 成程手も挙げられる、吸筒も開けられる、水も飲めることは飲めもするが、この重い動かぬ体を動かすことは? いや出来ようが出来まいが、何でも角でも動かねばならぬ、仮令少しずつでも、一時間によし半歩ずつでも。 で、弥移居を始めてこれに一朝全潰・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・も自分がかろうじてそれを言うことができても、じっくりとした母親の平常の態度でそれを考えられたり、またその使いを頼まれた人間がその使いを行き渋ったりするときのことを考えると、実際それは吉田にとって泰山を動かすような空想になってしまうのだった。・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・かれの説によれば、貴嬢はもと心順なる少女なれば境によりてその情を動かすがゆえに南洋丸に乗せて一年が間、浮世の風より救い出さば必ず御顔にふさわしき天津乙女となりたもうとの事なり、われはたやすくこれを信ずるあたわざるのみ。 十蔵はその片目を・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ 倫理思想は内側から社会を動かす原動力である。そして倫理学はその実践への機を含んでしかも、直接に発動せず、静かに、謙遜に、しかも勇猛に徹底して、その思想の統一をとげ、不落の根拠を築きあげようと企図するものであり、そこには抑制せられたる実・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 兵卒は、手が慄えて、シャベルを動かすことが出来なかった。彼等は、物訊ねたげに、傍にいる者の眼を見た。 将校は、叱咤した。 穴の底で半殺しにされた蛇のように手足をばた/\動かしている老人の上へ、土がなだれ落ちて行きだした。「・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ただここにはそれと知れたる外に、穴の口全く埋もれしままにて、いまだ掘発さざるがありて、そぞろに人の事を好む心を動かす。されど敢て乞うて掘るべくもあらねば、そのままに見すてて道を急ぎ、国神村というに至る。この村の名も、国神塚といえるがこのあた・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・是れ先生の文章の常に真気惻々人を動かす所以であって、而も陽春白雪利する者少き所以である。而して単に其文字から言っても、漢文の趣味の十分に解せられない今日に於て、多数人士の愛読する所とならぬは当然である。先生「一年有半」中に、 夫文人・・・ 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・授かり融通の及ぶ限り借りて借りて皆持ち寄りそのころから母が涙のいじらしいをなお暁に間のある俊雄はうるさいと家を駈け出し当分冬吉のもとへ御免候え会社へも欠勤がちなり 絵にかける女を見ていたずらに心を動かすがごとしという遍昭が歌の生れ変り肱・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・もっと端的にわれらの実行道徳を突き動かす力が欲しい、しかもその力は直下に心眼の底に徹するもので、同時に讃仰し羅拝するに十分な情味を有するものであって欲しい。私はこの事実をわれらの第一義欲または宗教欲の発動とも名づけよう。あるいはこんなことを・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
出典:青空文庫