・・・「やはり十字架の御威光の前には、穢らわしい日本の霊の力も、勝利を占める事はむずかしいと見える。しかし昨夜見た幻は?――いや、あれは幻に過ぎない。悪魔はアントニオ上人にも、ああ云う幻を見せたではないか? その証拠には今日になると、一度に何・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・……しかしXが死んで見ると、何か君は勝利者らしい心もちも起って来はしないか?」 僕はちょっと逡巡した。するとKは打ち切るように彼自身の問に返事をした。「少くとも僕はそんな気がするね。」 僕はそれ以来Kに会うことに多少の不安を感ず・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・その世界に何故渇仰の眼を向け出したか、クララ自身も分らなかったが、当時ペルジヤの町に対して勝利を得て独立と繁盛との誇りに賑やか立ったアッシジの辻を、豪奢の市民に立ち交りながら、「平和を求めよ而して永遠の平和あれ」と叫んで歩く名もない乞食の姿・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・歴史とは大人物の伝記のみとカーライルの喝破した言にいくぶんなりともその理を認むる者は、かの慾望の偉大なる権威とその壮厳なる勝利とを否定し去ることはとうていできぬであろう。自由に対する慾望とは、啻に政治上または経済上の束縛から個人の意志を解放・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・第一戦に勝利を得た心地である。 洪水の襲撃を受けて、失うところの大なるを悵恨するよりは、一方のかこみを打破った奮闘の勇気に快味を覚ゆる時期である。化膿せる腫物を切開した後の痛快は、やや自分の今に近い。打撃はもとより深酷であるが、きびきび・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ 吉弥はお貞を見て、勝利がおに扇子を使った。「全体、まア」と、はじめから怪幻な様子をしていたお貞が、「どうしたことよ、出し抜けになぞ見たようで?」「なアに、おッ母さん、けさ、僕が落したがま口を拾ってもらったんです」というと、その・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・戦争を予期しても日本が大勝利を得て一躍世界の列強に伍すようになると想像したものは一人も無かった。それを反対にいつかは列強の餌食となって日本全国が焦土となると想像したものは頗る多かった。内地雑居となった暁は向う三軒両隣が尽く欧米人となって土地・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・「マダ十分解らんが、勝利は確実だ。五隻か六隻は沈めたろう。電報は来ているが、海軍省が伏せてるから号外を出せないんだ、」とさも大本営か海軍省の幕僚でもあるような得意な顔をして、「昨夜はマンジリともしなかった。今朝も早くから飛出して今まで社・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・「どうぞ聖者の毫光を御尊敬なさると同じお心持で、勝利を得たものの額の月桂冠を御尊敬なすって下さいまし。」「どうぞわたくしの心の臓をお労わりなすって下さいまし。あたたの御尊信なさる神様と同じように、わたくしを大胆に、偉大に死なせて下さ・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ 運転手に虐待されても相変らず働いていたのは品子をものにしたという勝利感からであったが、ある夜更け客を送って飛田遊廓の××楼まで行くと、運転手は、「どや、遊んで行こうか。ここは飛田一の家やぜ」 どうせ朝まで客は拾えないし、それに・・・ 織田作之助 「雨」
出典:青空文庫