・・・く刀下の鬼となるを甘んずるも 情は深くして豈意中の人を忘れん 玉蕭幸ひに同名字あつて 当年未了の因を補ひ得たり 犬川荘助忠胆義肝匹儔稀なり 誰か知らん奴隷それ名流なるを 蕩郎枉げて贈る同心の結 嬌客俄に怨首讎となる 刀下冤を・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ リヒテンベルグの場合に放電板の裏側にできる第二次像の同心環が米田氏の現象に類するのは注意すべき事である。 近来筒井俊正君が研究している一種の特殊な拡進現象にもまたリヒテンベルグ陽像などといくぶん似た部類に属するものがある。それは二・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・この二つの場合に何ゆえに対称的な同心円形が現われないで有限数の放射線が現われるか。これは今のところ不思議だと言っておくよりほかにしかたがない。 金米糖を作るときに何ゆえにあのような角が出るか。角の数が何で定まるか、これも未知の問題である・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・ 年の暮が近いて、崖下の貧民窟で、提灯の骨けずりをして居た御維新前のお籠同心が、首をくくった。遠からぬ安藤坂上の質屋へ五人連の強盗が這入って、十六になる娘を殺して行った。伝通院地内の末寺へ盗棒が放火をした。水戸様時分に繁昌した富坂上の何・・・ 永井荷風 「狐」
・・・父母は唯発案者にして決議者に非ず、之を本人に告げて可否を問い、仮初にも不同心とあらば決して強うるを得ず。直に前議を廃して第二者を探索するの例なれば、外国人などが日本流の婚姻を見て父母の意に成ると言うは、実際を知らざる者の言にして取るに足らず・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ 蕪村の句は行く春や選者を恨む歌の主命婦より牡丹餅たばす彼岸かな短夜や同心衆の川手水少年の矢数問ひよる念者ぶり水の粉やあるじかしこき後家の君虫干や甥の僧訪ふ東大寺祇園会や僧の訪ひよる梶がもと味噌汁をく・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 同心らが三道具を突き立てて、いかめしく警固している庭に、拷問に用いる、あらゆる道具が並べられた。そこへ桂屋太郎兵衛の女房と五人の子供とを連れて、町年寄五人が来た。 尋問は女房から始められた。しかし名を問われ、年を問われた時に、かつ・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・それを護送するのは、京都町奉行の配下にいる同心で、この同心は罪人の親類の中で、おも立った一人を大阪まで同船させることを許す慣例であった。これは上へ通った事ではないが、いわゆる大目に見るのであった、黙許であった。 当時遠島を申し渡された罪・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
・・・それを護送してゆく京都町奉行付の同心が悲しい話ばかり聞かせられる。あるときこの舟に載せられた兄弟殺しの科を犯した男が、少しも悲しがっていなかった。その子細を尋ねると、これまで食を得ることに困っていたのに、遠島を言い渡された時、銅銭二百文をも・・・ 森鴎外 「高瀬舟縁起」
出典:青空文庫