・・・小説を作るということは結局第二の自然という可能の世界を作ることであり、人間はここでは経験の堆積としては描かれず、経験から飛躍して行く可能性として追究されなければならぬ。そして、この追究の場としての小説形式は、つねに人間の可能性に限界を与えよ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・昼間日が当っているときそれはただ雑然とした杉の秀の堆積としか見えなかった。それが夕方になり光が空からの反射光線に変わるとはっきりした遠近にわかれて来るのだった。一本一本の木が犯しがたい威厳をあらわして来、しんしんと立ち並び、立ち静まって来る・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・ 小川を渡って、乾草の堆積のかげから、三人の憲兵に追い立てられて、老人がぼつ/\やって来た。頭を垂れ、沈んで、元気がなかった。それは、憲兵隊の営倉に入れられていた鮮人だった。「や、来た、来た。」 丘の病院から、看護卒が四五人、営・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・そして、家のようなうず高い薪の堆積にぐいと力を入れた。薪は、なだれのように、居眠りをしている×××の頭上を××××、××した。ぐしゃッと人間の肉体が××××音が薪の崩れ落ちる音にまじった。「あ、あぶない、あぶない。薪がひとりでに崩れちゃ・・・ 黒島伝治 「鍬と鎌の五月」
・・・木造の壁の代りに丸太を積重ねていた家の中や乾草の堆積のかげからも、発射の煙が上った。これまでの銃声にまじって、また別の異った太く鈍い銃声がひびいてきた。百姓が日本の兵士に抵抗して射撃しだしたのだ。「やはり、パルチザンだったですね、一寸、・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・伝統とは、自信の歴史であり、日々の自恃の堆積である。日本の誇りは、天皇である。日本文学の伝統は、天皇の御製に於いて最も根強い。 五七五調は、肉体化さえされて居る。歩きながら口ずさんでいるセンテンス、ふと気づいて指折り数えてみると、き・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・三十四歳で死したるかれには、大作家五十歳六十歳のあの傍若無人のマンネリズムの堆積が、無かったので、人は、かれの、ユーゴー、バルザックにも劣らぬ巨匠たる貫禄を見失い、或る勇猛果敢の日本の男は、かれをカナリヤとさえ呼んでいた。 淀野隆三訳、・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・こういう具合の経験の堆積には、私たち、逆立ちしたって負けである。そう思って、以後、気をつけていると、私の家主の六十有余の爺もまた、なんでもものを知っている。植木を植えかえる季節は梅雨時に限るとか、蟻を退治するのには、こうすればよいとか、なか・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・千ヶ滝から峰の茶屋への九十九折の坂道の両脇の崖を見ると、上から下まで全部が浅間から噴出した小粒な軽石の堆積であるが、上端から約一メートルくらい下に、薄い黒土の層があって、その中に樹の根や草の根の枯れ朽ちたのが散在している。事によると、昔のあ・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・ 映画の編集過程 たくさんな陰画の堆積の中から有効なものを選び出してそれをいかにつなぎ合わせるかがいわゆるモンタージュの仕事である。 モンタージュという言葉を抽出し、その意義を自覚的に強調したのはプドーフキン一派・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
出典:青空文庫