・・・「まりさん、私は、夜になると、こういうように月を乗せて、大空を歩くのです。しかし月は、夜でなければ、やってきません。あなたは昼間は、月のかわりに、ここからじっと下界を見物していなされたがいいと思います。」と、雲はいいました。 フット・・・ 小川未明 「あるまりの一生」
・・・ 平常は、大空にちらばっている星たちは、めったに話をすることはありません。なんでも、こんなような、寒い冬の晩で、雲もなく、風もあまり吹かないときでなければ、彼らは言葉を交わし合わないのであります。 なんでも、しんとした、澄みわたった・・・ 小川未明 「ある夜の星たちの話」
・・・ 十幾本の鉤を凧糸につけて、その根を一本にまとめて、これを栗の木の幹に結び、これでよしと、四郎と二人が思わず星影寒き大空の一方を望んだ時の心持ちはいつまでも忘れる事ができません。 もちろん雁のつれるわけがないので、その後二晩ばかりや・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・ 泣いたのと暴れたので幾干か胸がすくと共に、次第に疲れて来たので、いつか其処に臥てしまい、自分は蒼々たる大空を見上げていると、川瀬の音が淙々として聞える。若草を薙いで来る風が、得ならぬ春の香を送って面を掠める。佳い心持になって、自分は暫・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・ 一天晴れ渡りて黒澄みたる大空の星の数も算まるるばかりなりき。天上はかく静かなれど地上の騒ぎは未だやまず、五味坂なる派出所の前は人山を築けり。余は家のこと母のこと心にかかれば、二郎とは明朝を期して別れぬ。 家には事なかりき。しばし母・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ あなの中にいて、大空も海も牧場も見ないこんな人こそは、きっと天国に行きたいにちがいないと思いましたから、鳩は木の枝の上で天国の歓喜を鳩らしく歌い始めました。 ところが百姓は、「いやです。私はまず井戸を掘らんければなりません。で・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・灰色の、じっとして動かぬ大空の下の暗い草原、それから白い水潦、それから側のひょろひょろした白樺の木などである。白樺の木の葉は、この出来事をこわがっているように、風を受けて囁き始めた。 女房は夢の醒めたように、堅い拳銃を地に投げて、着物の・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・そのような心の状態に在るとき、人は、大空を仰ぐような、一点けがれ無き高い希望を有しているものである。そうして、その希望は、人をも己をも欺かざる作品を書こうという具体的なものでは無くして、ただ漠然と、天下に名を挙げようという野望なのである。そ・・・ 太宰治 「困惑の弁」
・・・ガラス窓の半分が破れていて、星がきらきらと大空にきらめいているのが認められた。右の一隅には、何かごたごた置かれてあった。 時間の経っていくのなどはもうかれにはわからなくなった。軍医が来てくれればいいと思ったが、それを続けて考える暇はなか・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・薄暮の縁側の端居に、たまたま眼前を過ぎる一匹の蚊が、大空を快翔する大鵬と誤認されると同様な錯覚がはたらくのである。 いっそうおもしろいのは時間の逆行による世界像の反転である。いわゆるカットバックの技巧で過去のシーンを現在に引きもどすこと・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
出典:青空文庫