・・・ と幾度も一人で合点み、「ええ、織さん、いや、どうも、あの江戸絵ですがな、近所合壁、親類中の評判で、平吉が許へ行ったら、大黒柱より江戸絵を見い、という騒ぎで、来るほどに、集るほどに、丁と片時も落着いていた験はがあせん。」 と蔵の・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・太い大黒柱や、薄暗い米倉や、葛の這い上った練塀や、深い井戸が私には皆なありがたかったので、下男下女が私のことを城下の旦坊様と言ってくれるのがうれしかったのでございます。 けれども何より嬉しくって今思いだしても堪りませんのは同じ年ごろの従・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・二度目に旦那が小山の家の大黒柱の下に座った頃は、旦那の一番働けた時代であり、それだけまた得意な時代でもあった。地方の人の信用は旦那の身に集まるばかりであった。交際も広く、金廻りもよく、おまけに人並すぐれて唄う声のすずしい旦那は次第に茶屋酒を・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・障子に揮発油をぶっかけて、マッチで点火したら、それは大いに燃えるだろうが、せいぜいそれくらいのところしか想像に浮んで来ないのであって、あんな、ふとい大黒柱が、めらめら燃え上るなど、不思議な気がする。火事は、精神的なものである。私は、宗教をさ・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ 何とかしてくれたら、はあなじょうに小気味がよかっぺえ! 二六時中、人間のような声を出して怨念が耳元で唆かす。 よくも、よくも、こげえな目さ会わせおったな! 今に見ろ! 大黒柱もっ返して、土台石から草あ生やしてくれっから・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫