・・・ けれ共其の黒い確かな瞳には力が籠って居て多少人を威圧する様な、しっかり自分の立ち場を保って動かされない様な感じをさえ持って居た。 青黒く肉の薄い顔。 高い額の下に深い陰を作って居る太い眉。 重々しい動作と低くゆるゆると物を・・・ 宮本百合子 「追憶」
・・・て倚かかり、芽を青々と愛らしく萌え出した紫陽花の陰に、無数に並んで居る、真黒な足と下駄とを眺め乍ら、泰子は、殆ど驚歎して、彼等のお喋りや、誇示や、餓鬼大将の不快至極な、まるで大人の無頼漢が強請るような威圧を聞いたりした。 六畳の縁に向い・・・ 宮本百合子 「われらの家」
・・・松坂以来九郎右衛門の捜索方鍼に対して、稍不満らしい気色を見せながら、つまりは意志の堅固な、機嫌に浮沈のない叔父に威圧せられて、附いて歩いていた宇平が、この時急に活気を生じて、船中で夜の更けるまで話し続けた。 十六日の朝舟は讃岐国丸亀に着・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・隠れたる努力の威圧が、神秘の影をさえ帯びて、我々に敬度の情を起こさせずにはいなかったのである。 私は老樹の前に根の浅い自分を恥じた。そうして地下の営みに没頭することを自分に誓った。今気づいてもまだ遅くない。三 成長を欲す・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
・・・柔らかに枝を垂れている濠側の柳、淀んだ濠の水、さびた石垣の色、そうして古風な門の建築、――それらは一つのまとまった芸術品として、対岸の高層建築を威圧し切るほどの品位を見せている。自分は以前に幾度となくこの門の前を通ったのであるが、しかしここ・・・ 和辻哲郎 「城」
・・・虚栄の権化は時に人を威圧して崇敬の念を起こさしむ。神にも近しと尊ぶ人格は時に空虚である。真の偉人は飾らずして偉である。付け焼き刃に白眼をくるる者は虚栄の仮面を脱がねばならぬ、高き地にあってすべてを洞察する時、虚栄は実に笑うに堪えぬ悪戯である・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫