・・・家が狭いためか、または余を別室に導く手数を省いたためか、先生は余を自分の食卓の前に坐らして、君はもう飯を食ったかと聞かれた。先生はその時卵のフライを食っていた。なるほど西洋人というものはこんなものを朝食うのかと思って、余はひたすら食事の進行・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・女子は男子よりも親の教、忽にす可らず、気随ならしむ可らずとは、父母たる者は特に心を用いて女子の言行を取締め、之を温良恭謙に導くの意味ならん。温良恭謙、固より人間の美徳なれども、女子に限りて其教訓を忽にせずと言えば、女子に限りて其趣意を厚く教・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ いわゆる洋学校は人を導くべき人才を育する場所なれば、もっぱら洋書を研究し、難字をも読み、難文をも翻訳して、後進の便利を達すべきなり。方今の有様にては、読書家も少なく翻訳書もはなはだ乏しければ、国内一般に風化を及ぼすは、三、五年の事・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・一国の教育とは、有志有力にして世の中の事を心配する人物が、世間一般の有様を察して教育の大意方向を定め、以て普く後進の少年を導くことなり。 父母の職分は、子を生んでこれに衣食を与うるのみにては、未だその半ばをも尽したるものにあらず。これを・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・ 元来、新聞発行そのものが、民意反映の機関として、またその民意を進歩の方向に導くための理想をもって始められた「文明国」らしい仕事であった。 資本も、そんなに大きいものではなかっただろう。記者として働く一人一人が、当時新しく強く意識さ・・・ 宮本百合子 「明日への新聞」
・・・お互にたよりになれる人間の仲間としての男女働くものの誇を心にしっかりともって、社会の進歩を導くものとしての自覚をもって生きてこそ、青春に悔いのない日々が迎えられると思います。 組合の機関紙で、こんな人間らしい話もできるのだから、何といっ・・・ 宮本百合子 「悔なき青春を」
・・・ けれども、憐れな、力ばかりある強い愛は、それを充分に導く叡智の多量を蔵さないばかりに、自分の力を持てあまして自分を傷け、殺してしまうのです。 私にとっては、自分の「まことなるもの」の感じる、我に非ず、他人に非ざる愛に到達するまで、・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
・・・それにしても、この少年が祖国の危急を救う唯一の人物だとは、――実際、今さし迫っている戦局を有利に導くものがありとすれば、栖方の武器以外にありそうに思えないときだった。しかし、それにしても、この栖方が――幾度も感じた疑問がまた一寸梶に起ったが・・・ 横光利一 「微笑」
・・・しかし大和絵以後の繊美な様式のみが伝統として現代に生かされ、平安期以前の雄大な様式がほとんど顧みられていないことは、日本画を真に偉大な未来へ導くゆえんではあるまいと思う。黄不動の線を凝視せよ。赤不動の色を凝視せよ。ここに日本画を現在の浪漫主・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・それは生命の流動に統一ある力強さを与えるべく、また生命の発育を健やかな豊満と美とに導くべく、生活にとって欠くべからざる任務を有する。これなくしては人は意識の混沌と欲求の分裂との間に萎縮しおわらなくてはならぬ。人が何らか積極的の生を営み得るた・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫