・・・藍万とか、玉つむぎとか、そんな昔流行った着物の小切れの残りを見てもなつかしかった。木造であったものが石造に変った震災前の日本橋ですら、彼女には日本橋のような気もしなかったくらいだ。矢張、江戸風な橋の欄干の上に青銅の擬宝珠があり、古い魚河岸が・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・ 白リネンの小布を持ち上げて、縫かけの薊の図案を見せる。――膝に開いた本をのせたまま手許に気をとられるので少し唇をあけ加減にとう見こう見刺繍など熱心にしている従妹の横顔を眺めていると、陽子はいろいろ感慨に耽る気持になることがった。夫の純・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・思のまゝをかきならす ざれたる心我はうれしきそぼぬれし雄鳥のふと身ぶるひて 空を見あぐる秋雨の日よ秋の日をホロ/\と散る病葉の たゞその名のみなつかしきかな気まぐれに紅の小布をはぬひつゝ お染を思ふうす青・・・ 宮本百合子 「短歌習作」
・・・ 三つとも引き出しは抜きっぱなしになって、私共がふだん一寸拾ったボタンだの、ピン、小布などの屑同様のものを矢鱈につめこんであるのが、皆な引っぱり出されて、あかあるい日の中に紙屑籠を引っくり返した様になって居る。「まあどうしたんだ・・・ 宮本百合子 「盗難」
・・・が縫いあげた、帯だの、着物だのの賃銀を主屋の方に行ってもらって居る呉服屋の店先で、私は祖母の胴着と自分の袖にするメリンスの小布を見て居た。出すのも出すのも地味なのばっかりなので、私は袂を出して見せて、こんな様なのを見せて呉れと云った。番頭は・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ ひろ子は、重吉がかけている深い古い肱かけ椅子の足許に足台をひきよせてその上にかけ、鼠がかじった米袋の穴をつくろっていた。小切れを当てて上から縫っている手許を見おろしていた重吉が、「つぎは、裏からあてるもんだよ」と云った。いかに・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・飫肥吾田村字星倉から二里ばかりの小布瀬に、同宗の安井林平という人があって、その妻のお品さんが、お佐代さんの記念だと言って、木綿縞の袷を一枚持っている。おそらくはお佐代さんはめったに絹物などは着なかったのだろう。 お佐代さんは夫に仕えて労・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫