・・・信子がそんなに言って庇護ってやった。「いったいどこの人にそんなことを言うたんやな?」今度は半分信子に訊いている。「吉峰さんのおじさんにやなあ」信子は笑いながら勝子の顔を覗いた。「まだあったぞ。もう一つどえらいのがあったぞ」義兄が・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・こういう場合に側に居るものの顔を見比べて、母を庇護おうとするのは何時でもお新だった。「三ちゃんにはかなわない。直ぐにああいうところへ眼をつけるで」 とお新も笑いながら言って、母の曲げた火箸を元のように直そうとした。お新はそんなことを・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ こんなことを言って袖子を庇護うようにする婦人の客なぞがないでもなかったが、しかし父さんは聞き入れなかった。娘の風俗はなるべく清楚に。その自分の好みから父さんは割り出して、袖子の着る物でも、持ち物でも、すべて自分で見立ててやった。そして・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・兄は、一点非なき賢王として、カイザアたる孤高の宿命に聡くも殉ぜむとする凄烈の覚悟を有し、せめて、わがひとりの妹、アグリパイナにこそ、まこと人らしき自由を得させたいものと、無言の庇護を怠らなかった。 アグリパイナの男性侮辱は、きわめて自然・・・ 太宰治 「古典風」
・・・そのすべては娘のかたづいた先の夫の不身持ちから起こったのだといえばそれまでであるが、父母だって、娘の亭主を、業務上必要のつきあいから追い出してまで、娘の権利と幸福を庇護しようと試みるほどさばけない人たちではなかった。三 実を・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・日本の独占資本がより強力な独占資本の庇護のもとに自身の存在を維持しようとしているとき、その利益を代表する政権が、真に民主的であり得ないことは明瞭である。すべての悪質な大衆課税を通過させた両院が承認する五人の放送委員が、真に公共の利益のために・・・ 宮本百合子 「今日の日本の文化問題」
・・・日本のブルジョアジーというものは、そういう半封建者たちの庇護のもとに、それとの妥協で、自分たちをのし上げたのであって、階級として擡頭したはじめから、封建性にたいする否定者でありませんでした。ヨーロッパのブルジョアジーは、封建性をやぶって、社・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・或る箇人、例えば、父、良人、長兄などと云う一人の力に縋って、その人の庇護、その人の助力、その後援によって、一族円満に、金持もなければ貧しい者もない風で暮すのを理想とするよりは、もう一歩、人生に対して積極であると思います。先ず自己を、次に自己・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ ―月―日 あまりに、あまりに婉曲な辞令、便宜上の小手段、黙契をもって交換的にする尊敬の庇護、私は皆、嫌いだ。 広い広い野原に行きたい。大きな声で倒れるまで叫んで駈けまわりたい。大鷲の双翼を我に与えよ」 けれども、これ等の断・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・を凌ぐリアリスト芸術家とされていることは、一連の人々にとって、さながら彼等自身が、今日このように自明な歴史的段階を否定し無視し、文学から階級性を追放しようと欲する心持までを、エンゲルスの卓見によって庇護され得るかのような幻想を抱かせたのであ・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫