・・・もし陛下の御身近く忠義こうこつの臣があって、陛下の赤子に差異はない、なにとぞ二十四名の者ども、罪の浅きも深きも一同に御宥し下されて、反省改悟の機会を御与え下されかしと、身を以て懇願する者があったならば、陛下も御頷きになって、我らは十二名の革・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・下女は日が暮れたと云ったら、どんな用事があっても、家の外へは一歩も踏出さなくなった。忠義一図の御飯焚お悦は、お家に不吉のある兆と信じて夜明に井戸の水を浴びて、不動様を念じた為めに風邪を引いた。田崎が事の次第を聞付けて父に密告したので、お悦は・・・ 永井荷風 「狐」
・・・徳川政府も忠義の道をもって天朝に奉じて、まことに忠義なりしかども、末年にいたり公議輿論をもってその政府を倒せば、これを倒したる者もまた、まことに忠義なり。ゆえに支那にて士人の去就を自在にすれば聖人に称せられ、日本にて同様の事を行えば聖人の教・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・例えば忠義正直というが如き、政治上の美徳にして、甚だ大切なるものなれども、人に教うるに先ずこの公徳を以てして、居家の私徳を等閑にするにおいては、あたかも根本の浅き公徳にして、我輩は時にその動揺なきを保証する能わざるものなり。 そもそも一・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・貧民いかに正直なりともおのれが飢える飢えぬの境に至って墓場の鴉に忠義だてするにも及ぶまい。花はとにかく、供え物を取るのは決して無理ではない。西洋の公園でも花だから誰も取らずに置くがもしパンを落して置いたらどうであろう。きっとまたたく間になく・・・ 正岡子規 「墓」
・・・これは、封建的な主従関係での忠義の感情にいきなりむすびついて「奉公」の感覚を養成する教育でした。この場合の「奉公」は、公の一存在としての人民生活、市民生活への奉仕という近代民主主義の要素とはちがったものです。「公僕」という言葉が、民主日本に・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・日本文学史全巻を担当される近藤忠義が、篤学、正確な視点をもたれる学者であることは、読者にとっての幸運であるし、同時に今日の文学の諸相のみを扱う私にとって一つの幸な安心である。〔一九三七年十月〕・・・ 宮本百合子 「意味深き今日の日本文学の相貌を」
・・・和女はよも忘れはせまい、和女には実の親、おれには実の夫のあの民部の刀禰がこたび二の君の軍に加わッて、あッぱれ世を元弘の昔に復す忠義の中に入ろうとて、世良田の刀禰もろとも門出した時、おれは、こや忍藻、おれは何して何言うたぞ。おれが手ずから本磨・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・いざという時には、この四、五人だけが役に立ち、平生忠義顔をしていた九十五人は影をかくしてしまう。家は滅亡のほかはないのである。 第二は、利根すぎたる大将である。利害打算にはきわめて鋭敏であるが、賢でも剛でもない。「大略がさつなるをもつて・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・徳川時代の主従関係に基礎を置いた忠義の心持ちである。そうしてまた対内的である。だから自ら、身をもって、警衛したくなるのは当然である。がそう考えて来ると共に、現在の組織制度がもはや父のごとき志を実行不可能なものにしていることにも自ら気づかざる・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫