・・・「忠臣二君に仕えず、貞婦両夫に見えず」とは、ほとんど下等社会にまで通用の教にして、特別の理由あるに非ざればこの教に背くを許さず。日支両国の気風、すなわち両国に行わるる公議輿論の、相異なるものにして、天淵ただならざるを見るべし。 然るにそ・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・古人の言に、忠臣は孝子の門に出ずといいしも、決して偶然にあらず。忠は公徳にして孝は私徳なり、その私、修まるときは、この公、美ならざらんと欲するも得べからざるなり。 然るに我輩が古今和漢の道徳論者に向かって不平なるは、その教えの主義として・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ ねえそうじゃあありませんか、 世の中の人が十(分の九十九まで自然の美くしさを非難したり馬鹿にしたって私だけはほんとうに二心のない忠臣で居られる。 私が或る時は守ってやり又或る時は守られる事が出来るまで私と自然の美くしさは近づい・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・それが不思議な縁で、ふいと浪花節と云うものを聴いた。忠臣孝子義士節婦の笑う可く泣く可く驚く可く歎ず可き物語が、朗々たる音吐を以て演出せられて、処女のように純潔無垢な将軍の空想を刺戟して、将軍に睡壺を撃砕する底の感激を起さしめたのである。畑は・・・ 森鴎外 「余興」
出典:青空文庫