・・・仮令夫の家貧賤成共夫を怨むべからず。天より我に与へ給へる家の貧は我仕合のあしき故なりと思ひ、一度嫁しては其家を出ざるを女の道とする事、古聖人の訓也。若し女の道に背き、去らるゝ時は一生の恥也。されば婦人に七去とて、あしき事七ツ有り。一には、し・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・一 凡婦人の心様の悪き病は、和ぎ順ざると、怒恨むと、人を謗ると、ものを妬むと、智恵浅きと也。此五の疾は十人に七、八は必ず有り。是婦人の男に及ざる所也。自ら顧戒めて改去べし。中にも智恵の浅き故に五の疾も発る。女は陰性也。陰は夜にて・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ 蕪村の句は行く春や選者を恨む歌の主命婦より牡丹餅たばす彼岸かな短夜や同心衆の川手水少年の矢数問ひよる念者ぶり水の粉やあるじかしこき後家の君虫干や甥の僧訪ふ東大寺祇園会や僧の訪ひよる梶がもと味噌汁をく・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・なれども他人は恨むものではないぞよ。みな自らがもとなのじゃ。恨みの心は修羅となる。かけても他人は恨むでない。」 穂吉はこれをぼんやり夢のように聞いていました。子供がもう厭きて「遁がしてやるよ」といって外へ連れて出たのでした。そのとき、ポ・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・ 隅の椅子から、彼女は怨むように云った。「――貴方仰云って頂戴。始めからの責任があるんだから」「出ろって?」 さほ子は合点をした。「僕じゃあ角立つよ。お前が云った方がいい、正直に訳を云って。――已を得ないじゃあないか」・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ 都会の消費者は、目前の食糧難に気がたって、つい農村を羨み、怨むような気分になる。しかも、双方にそんな思いをさせる政府こそ本当の対手なのである。 発表された憲法草案は、日本の運命にとっていろいろ真面目な問題を持っている。第十二条に、・・・ 宮本百合子 「現実の必要」
・・・私は誰も恨むはずの人はございません、只……只私の呪われた運命を思うのでございます……つくづくと……」 紅は斯う云ってはじめて涙をながした。「御前行ってね、そう云って御呉れ、池は何にもかまって御呉れでない、するようには私自分で行ってす・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・ まだ何か望みがあり、盛り返せるかもしれないという未練が残っていたときには、懸命に稼ぐ気にもなり、怨む気もしたけれども、こうまで落ちきってしまえば、絶望した彼女の心は自棄になるほかない。「へん海老屋の鬼婆あ! 何んもはあねえくな・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・怜悧で何もかも分かって、それで堪忍して、おこるの怨むのと云うことはしないと云う微笑である。「あの、笑靨よりは、口の端の処に、竪にちょいとした皺が寄って、それが本当に可哀うございましたの」と、お金が云った。僕はその時リオナルドオ・ダア・ヰンチ・・・ 森鴎外 「心中」
・・・人を怨み世を怨む抑鬱不平の念が潮のように涌いて来た。 今娘が戸の握りを握って、永遠に別れて帰ろうとするツァウォツキイの鼻のさきで、戸を締め切ろうとした瞬間に、ツァウォツキイは右の拳を振り上げて、娘の白い、小さい手を打った。 娘はツァ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫