・・・あッと思って鼻を押えると、血が吹き出していた。あとで知ったことだが、この在郷軍人会の分会長は伍長上りの大工で、よその分会から点呼を受けに来た者には必ず難癖をつけて撲り飛ばすということであった。なお、この男を分会長にいただいている気の毒な分会・・・ 織田作之助 「髪」
・・・と、相手の呶鳴るのを抑える為め手を振って繰返すほかなかった。「……実に変な奴だねえ、そうじゃ無い?」 よう/\三百の帰った後で、彼は傍で聴いていた長男と顔を見交わして苦笑しながら云った。「……そう、変な奴」 子供も同じように・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・モスクワへ行きたい希望を抑えることができなかった。黒河に住んで一年になる。いつか、ブラゴウエシチェンスクにも、顔見知りが多くなっていた。 黒竜江にはところどころ結氷を破って、底から上ってくる河水を溜め、荷馬車を引く、咽頭が乾いた馬に水を・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ 大隊長は、空へ鉄砲を向けた兵タイのことは忘れて、内心の幸福を抑えることが出来ずにこにこした。「全く、うまく行きましたな。」「うむ。――ご苦労だった。」 ――彼はまた、功四級だろうか、それとも五級かな、と考えた。ひょっとする・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・たとえば磯九郎という男は、勇者の随伴をして牛の闘を見にまいりますと、ふと恐ろしい強い牛が暴れ出しまして、人々がこれを取り押えることが出来ぬという場合、牛に向って来られたので是非なく勇者たる小文吾がその牛を取り挫いで抑えつけます。そこで人々は・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・ただ、この派の学徒たちは、すべて感情を殺すということ、その中でもとりわけ怒を押えること、そして、どんな苦しいことでも、じっとがまんするということを、人間の第一の務めだと考えていました。こういう風に自分の感情や慾望を押えつけることを自制と言い・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・とにかく一種侮蔑の念を抑える訳に行かなかった。日露戦争の時分には何でもロシアの方に同情して日本の連捷を呪うような口吻があったとかであるいは露探じゃないかという噂も立った。こんな事でひどく近所中の感じを悪くしたそうだが、細君の好人物と子供の可・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・○を押さえると△があばれだす。天然の設計による平衡を乱す前には、よほどよく考えてかからないと危険なものである。 寺田寅彦 「蛆の効用」
・・・ 主人公のバック氏が傘蛇に襲われ上着を脱いでかぶせて取り押える場面がある。この場合は柔よく柔を制すとでもいうべきである。さすがの蛇もぐにゃぐにゃした上着ではちょっとどうしていいか見当がつかないであろう。この映画ではまた金網で豹や大蛇をつ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・しかもこの衝動は、避けがたく抑えることが出来ないのである。 この不思議な厭な病気ほど、僕を苦しめたものはない。僕は二十八歳の時に、初めてドストイェフスキイの小説『白痴』をよんで吃驚した。というのは、その小説の主人公である白痴の貴族が、丁・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
出典:青空文庫