・・・戦争のことにつきましてあれが御祈祷をしたり、お籠、断食などをしたという事を聞きました時は、難有い人だと思いまして、あんな鼻附でも何となく尊いもののように存じましたけれども、今度のお米のことで、すっかり敵対になりまして、憎らしくッて、癪に障っ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 人間は宿命的に利己的であると説くショウペンハウァーや、万人が万人に対して敵対的であるというホップスの論の背後には、やはり人間関係のより美しい状態への希求と、そして諷刺の形をとった「訴え」とがあるのである。 その意味において書物とは・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・従って敵対もなければ友愛もない。 王蛇とガラガラ蛇との二つの世界は重なり合っている。そこで食うか食われるかの二つのうちの一つしか道がない。 この二つの蛇の決闘は指相撲を思い出させる。王蛇のほうの神経の働く速度がガラガラ蛇のそれよりも・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・前すでにいえる如く、我が国内の人心は守旧と改進との二流に分れ、政府は学者とともに改進の一方におり、二流の分界判然として、あたかも敵対の如くなりしかども、改進の人は進みて退かず、難を凌ぎ危を冒し、あえて寸鉄に衂らずしてもって今日の場合にいたり・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・めに適当の場所を選ぶは全く父母の心に存することにして、これがため、敢てその人物を軽重下等士族の輩が上士に対して不平を抱く由縁は、専ら門閥虚威の一事に在て、然もその門閥家の内にて有力者と称する人物に向て敵対の意を抱くことなれども、その好敵手と・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・に、およそ生あるものはその死に垂んとして抵抗を試みざるはなし、蠢爾たる昆虫が百貫目の鉄槌に撃たるるときにても、なおその足を張て抵抗の状をなすの常なるに、二百七十年の大政府が二、三強藩の兵力に対して毫も敵対の意なく、ただ一向に和を講じ哀を乞う・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・強烈な火の急流のようなアンナ、または男がいつも我流に女を愛して平然としていることその他、女性の家庭生活の不満に充分苦しみながら「でも、大半は婦人に敵対している社会で、一人で生活しなければならない女性の生活の恐ろしさ」の前にちぢんで、諦めの力・・・ 宮本百合子 「アンネット」
・・・特に高崎郡領一揆と大久保利通にその例を見る維新の封建地主勢力の庇護のもとにあった志士団と革命的農民との敵対関係へ、われわれの注意を向けている点は見落すことのできないことである。 明治維新を「その被圧迫階級の立場から描くことこそマルクス・・・・ 宮本百合子 「文学に関する感想」
・・・近所には木村に好意を表していて、挨拶などをするものと、冷澹で知らない顔をしているものとがある。敵対の感じを持っているものはないらしい。 そこで木村はその挨拶をする人は、どんな心持でいるだろうかと推察して見る。先ず小説なぞを書くものは変人・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ しかしながら、此の二つの敵対した客体の運動に対して、いずれに組するべきかその意志さえも動かす必要なくして、存在理由を主張し得られる素質を持つものが、此の社会に二つある。一つは科学で、一つは文学だ。 もしもコンミニストが、此・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
出典:青空文庫