・・・信念の欠けた生活や、信仰の伴わない空虚な言葉、それらが何んで現実的であり得よう。 どんな人間でも年から年中、異常な感激を持すことは、困難な事である。不断の感激を心に持するということは、其の人が特殊な理想主義者でなければならない。人間性の・・・ 小川未明 「囚われたる現文壇」
・・・この子どこの子、ソバ屋の継子、上って遊べ、茶碗の欠けで、頭カチンと張ってやろ。こんな唄をわざわざ教えてくれたのはおきみ婆さんで、おきみ婆さんはいつも千日前の常盤座の向いの一名「五割安」という千日堂で買うてくる五厘の飴を私にくれて言うのには、・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・おまけに兵隊にあるまじいことには、兵隊につきものの厚かましさが欠けていた。 このような二人には、だから鶏の徴発は頗るむずかしかった。が、よしんば二人が要領のよい厚かましい兵隊であったところで、隊長の酒の肴を供出するような農民は昭和二十年・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・気にかかるというには種々の意味が含んでいるので、世間体もあるし、教員という第一の資格も欠けているようだし、即ち何となく心に安んじないのである。それに三円ということは自分も知らなかったのだ、その点は此方が悪いような気もするので、「困ったも・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・潮遠く引きさりしあとに残るは朽ちたる板、縁欠けたる椀、竹の片、木の片、柄の折れし柄杓などのいろいろ、皆な一昨日の夜の荒の名残なるべし。童らはいちいちこれらを拾いあつめぬ。集めてこれを水ぎわを去るほどよき処、乾ける砂を撰びて積みたり。つみし物・・・ 国木田独歩 「たき火」
・・・そしてこれらのものにして欠けていないならば、あまりに窮屈な、理解のないことをいうな。極端な束縛とヒステリーとは夫の人物を小さくし、その羽翼をぐばかりでなく、また男性に対する目と趣味との洗練されてないことを示すものに外ならない。・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・だから、自分に欠けているものがほしくてたまらなかった。そこの消息を見抜いている×××は、表面やかましく云いながら、実は大目に見のがした。五十銭銀貨を一つ盗んでも禁固を喰う。償勤兵とならなければならない。それが内地に於ける軍人である。軍人は清・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・木理によって、薄いところはホロリと欠けぬとは定まらぬ。たとえば矮鶏の尾羽の端が三分五分欠けたら何となる、鶏冠の蜂の二番目三番目が一分二分欠けたら何となる。もう繕いようもどうしようも無い、全く出来損じになる。材料も吟味し、木理も考え、小刀も利・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・口の欠けた銚子が二本と章魚の酢ものと魚の煮たものだった。すぐあとから別な背の低い唇の厚い女が火を持ってきた。が、火鉢に移すと、何も言わずに出ていった。 寒かった、龍介はテーブルを火鉢の側にもってきて、それに腰をかけて、火鉢の端に足をたて・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・働くことはよく働きますナ……それに非常な質素なところだ……ですけれど、高瀬さん、チアムネスというものは全くこの辺の娘に欠けてますネ」 子安は心から出た声で快活に笑った。「まるで、ゴツゴツした岩みたような連中ばかりだ」と彼は附添した。・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
出典:青空文庫