・・・ ことに日暮れ、川の上に立ちこめる水蒸気と、しだいに暗くなる夕空の薄明りとは、この大川の水をして、ほとんど、比喩を絶した、微妙な色調を帯ばしめる。自分はひとり、渡し船の舷に肘をついて、もう靄のおりかけた、薄暮の川の水面を、なんということ・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・それはせっかくの長老の言葉も古い比喩のように聞こえたからです。僕はもちろん熱心に聞いている容子を装っていました。が、時々は大寺院の内部へそっと目をやるのを忘れずにいました。 コリント風の柱、ゴシック風の穹窿、アラビアじみた市松模様の床、・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・神に使うる翁の、この譬喩の言を聞かれよ。筆者は、大石投魚を顕わすのに苦心した。が、こんな適切な形容は、凡慮には及ばなかった。 お天守の杉から、再び女の声で……「そんな重いもの持運ぶまでもありませんわ。ぽう、ぽっぽ――あの三人は町へ遊・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ と、渡りに船の譬喩も恥かしい。水に縁の切れた糸瓜が、物干の如露へ伸上るように身を起して、「――御連中ですか、お師匠……」 と言った。 薄手のお太鼓だけれども、今時珍らしい黒繻子豆絞りの帯が弛んで、一枚小袖もずるりとした、は・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・財貨委託の比喩。十九章十一節―二十七節。復活者の状態。二十章三十四節―三十八節。エルサレムと世界の最後。終末に関する大説教である、二十一章七節より三十六節まで。 勿論以上を以て尽きない、全福音書を通じて直接間接に来世を語・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・「何でもないんです、比喩は廃して露骨に申しますが、僕はこれぞという理想を奉ずることも出来ず、それならって俗に和して肉慾を充して以て我生足れりとすることも出来ないのです、出来ないのです、為ないのではないので、実をいうと何方でも可いから決め・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・この比喩を教えて国民の心の寛からんことを祈りし聖者おわしける。されどその民の土やせて石多く風勁く水少なかりしかば、聖者がまきしこの言葉も生育に由なく、花も咲かず実も結び得で枯れうせたり。しかしてその国は荒野と変わりつ。 ・・・ 国木田独歩 「詩想」
・・・これは比喩でなく事実である。 だから土地に肥料を施す如く、人は色々な文句を作ってこれ等の情を肥かうのだ。 そうしてみると神様は甘く人間を作って御座る。ではない人間は甘く猿から進化している。 オヤ! 戸をたたく者がある、この雨に。・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・日輪の譬喩が非常に多い。 彼の幼時の風貌を古伝記は、「容貌厳毅にして進退挺特」と書いている。利かぬ気の、がっしりした鬼童であったろう。そしてこの鬼童は幼時より学を好んだ。「予はかつしろしめされて候がごとく、幼少の時より学文に心をかけ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・文辞活動。比喩艶絶。これを一読するに、温乎として春風のごとく、これを再読するに、凜乎として秋霜のごとし。ここにおいて、余初めて君また文壇の人たるを知る。 今この夏、またこの書を稿し、来たりて余に詢るに刊行のことをもってす。よってこれに答・・・ 田口卯吉 「将来の日本」
出典:青空文庫