・・・書物にあまりに依頼し、書物が何ものでも与えてくれ、書物からすべてを学び得ると考えるような没我主義があってはならない。実際研究することは読書することであると考えてるかのように見える思想家や、学者や学生は今日少なくないのである。明治以来今日にい・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・明日の生活の計画よりは、きょうの没我のパッションが大事です。戦地に行った人たちの事を考えろ。正直はいつの時代でも、美徳だと思います。ごまかそうたって、だめですよ。明日の立派な覚悟より、きょうの、つたない献身が、いま必要であります。お前たちの・・・ 太宰治 「或る忠告」
・・・ 箇人主義――利己主義、それは名の如く、何事に於ても、自己を根本に置て考え、没我的生活に対する主我的の甚だしいものである。 主我! それは、真にたとうべくもあらぬ尊いものである。 此の世に生れ出た以上は、自己を明らかにし・・・ 宮本百合子 「大いなるもの」
・・・ヒューマニズムは我の社会的拡大を眼目としているのであるが、今日の現実は、我の強壮な拡大の代りに没我を便宜とする事情でさえある。日本文学の歴史は、社会全史の一部として新たな一時期に当面しているのである。 明日の日本文学は、果してどこか・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・けれども此は、没我と申せましょうか。元より無我と云う字の解釈にも依りますが、字書通り、我見なきこと、我意なきこと、我を忘れて事をなすと致しましても、結局「我」と云うものを無いと認める事は出来ませんでしょう。 私心ないと云う事、我見のない・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・現実にわが身を投じると没我の表現で云っても、客観的には却ってそこで作者の主観が最もつよく爆発する場合が多いことをも知っていると思う。 近代日本の文学の中に長い伝統をもっていた私小説というものが、その主観性のせまい枠と同時的なリアリズムの・・・ 宮本百合子 「人生の共感」
出典:青空文庫