・・・「何だかちっとも分らねえが、赤目鰒の腸さ、引ずり出して、たたきつけたような、うようよとしたものよ。 どす赤いんだの、うす蒼いんだの、にちにち舳の板にくッついているようだっけ。 すぽりと離れて、海へ落ちた、ぐるぐると廻っただがな、・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ 御柱を低く覗いて、映画か、芝居のまねきの旗の、手拭の汚れたように、渋茶と、藍と、あわれ鰒、小松魚ほどの元気もなく、棹によれよれに見えるのも、もの寂しい。 前へ立った漁夫の肩が、石段を一歩出て、後のが脚を上げ、真中の大魚の鰓が、端を・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 宮の入口に、新しい石の鳥居の前に立った、白い幟の下に店を出して、そこに鬻ぐは何等のものぞ。 河豚の皮の水鉄砲。 蘆の軸に、黒斑の皮を小袋に巻いたのを、握って離すと、スポイト仕掛けで、衝と水が迸る。 鰒は多し、また壮に膳に上・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 河豚の皮の水鉄砲。 蘆の軸に、黒斑の皮を小袋に巻いたのを、握って離すと、スポイト仕掛けで、衝と水が迸る。 鰒は多し、また壮に膳に上す国で、魚市は言うにも及ばず、市内到る処の魚屋の店に、春となると、この怪い魚を鬻がない処はない。・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・戸外の寂寞しいほど燈の興は湧いて、血気の連中、借銭ばかりにして女房なし、河豚も鉄砲も、持って来い。……勢はさりながら、もの凄いくらい庭の雨戸を圧して、ばさばさ鉢前の南天まで押寄せた敵に対して、驚破や、蒐れと、木戸を開いて切って出づべき矢種は・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・そして、粘土細工、積木細工、絵草紙、メンコ、びいどろのおはじき、花火、河豚の提灯、奥州斎川孫太郎虫、扇子、暦、らんちゅう、花緒、風鈴……さまざまな色彩とさまざまな形がアセチリン瓦斯やランプの光の中にごちゃごちゃと、しかし一種の秩序を保って並・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・この路地をなぜ雁次郎横丁と呼ぶのか、成駒屋の雁次郎とどんなゆかりがあるのか、私は知らないが、併し寿司屋や天婦羅屋や河豚料理屋の赤い大提灯がぶら下った間に、ふと忘れられたように格子のはまったしもた家があったり、地蔵や稲荷の蝋燭の火が揺れたりし・・・ 織田作之助 「世相」
・・・旅館では河豚を出さぬ習慣だから、客はわざわざ料亭まで足を運ぶ、その三町もない道を贅沢な自動車だった。ピリケンの横丁へ折れて行った。 間もなく、その料亭へよばれた女をのせて、人力車が三台横丁へはいった。女たちは塗りの台に花模様の向革をつけ・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・この顔とそっくりそのままのふくれた河豚づらを、中学時代の柔道の試合で見たことがあるのだ。そんなに泡の出るほどふんばらずとも、と当時たいへん滑稽に感じていた、その柔道の選手を想起したとたんに私は、ひどくわが身に侮辱を覚え、怒りにわななき、やめ・・・ 太宰治 「狂言の神」
河豚 どんな下手が釣っても、すぐにかかる魚は河豚とドンコである。 河豚が魚の王で、下関がその産地であることは有名だが、別に下関付近でとれるためではない。下関が集散地になっているだけで、河豚は瀬戸内海はもちろん、玄海灘でも、ど・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
出典:青空文庫