・・・ それは油気のない髪をひっつめの銀杏返しに結って、横なでの痕のある皸だらけの両頬を気持の悪い程赤く火照らせた、如何にも田舎者らしい娘だった。しかも垢じみた萌黄色の毛糸の襟巻がだらりと垂れ下った膝の上には、大きな風呂敷包みがあった。その又・・・ 芥川竜之介 「蜜柑」
・・・ 黒繻子の襟も白く透く。 油気も無く擦切るばかりの夜嵐にばさついたが、艶のある薄手な丸髷がッくりと、焦茶色の絹のふらしてんの襟巻。房の切れた、男物らしいのを細く巻いたが、左の袖口を、ト乳の上へしょんぼりと捲き込んだ袂の下に、利休形の・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・髪の毛はむろん油気がなく、櫛を入れた形跡もない。乱れ放題、汚れ放題、伸び放題に任せているらしく、耳がかくれるくらいぼうぼうとしている。よれよれの着物の襟を胸まではだけているので、蘚苔のようにべったりと溜った垢がまる見えである。不精者らしいこ・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・くなったきらいがなく意志の自律性を強靭に固守する点で形式的主観的でありながら、人間行為の客観的妥当性を強調して、主観的制約を脱せしめようと努め、また学的には充分な生の芸術的感覚の背景が行間に揺曳して、油気のない道学者の感がないからである。・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ここでしばらく飼うと脂気が抜けてしまうそうで、そのさっぱりした味がこの土地に相応しいような気もした。 宿の主人は禿頭の工合から頬髯まで高橋是清翁によく似ている。食後に話しに来て色々面白いことを聞かされた。残雪がまだ消えやらず化粧柳の若芽・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・る、思えらく能者筆を択ばず、どうせ落ちるのだから車の美醜などは構うものかと、あてがわれたる車を重そうに引張り出す、不平なるは力を出して上からウンと押して見るとギーと鳴る事なり、伏して惟れば関節が弛んで油気がなくなった老朽の自転車に万里の波濤・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・そぼうな扮装の、髪はぼうぼうと脂気の無い、その癖、眉の美しい、悧発そうな眼付の、何処にも憎い処の無い人でした。それに生れて辛っと五月ばかしの赤子さんを、懐裏に確と抱締めて御居でなのでした。此様女の人は、多勢の中ですもの、幾人もあったでしょう・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・しかしこの食堂に這入って来るコンマ以下のお役人には、一人も脂気のある顔はない。たまに太った人があるかと思えば、病身らしい青ぶくれである。 木村はこの仲間ではほとんど最古参なので、まかない所の口に一番遠い卓の一番壁に近い端に据わっている。・・・ 森鴎外 「食堂」
出典:青空文庫