・・・おはまは例の苦のない声で小唄をうたいながら台所の洗い物をしている。姉はこんな日でなくては家の掃除も充分にできないといって、がたひち音をさせ、家のすみずみをぐるぐる雑巾がけをする。丹精な人は掃除にまで力を入れるのだ。 朝飯が済む。満蔵は米・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ こんな夜ふけになぜ洗濯をするかというに、風呂の流し水は何かのわけで、洗い物がよく落ちる、それに新たに湯を沸かす手数と、薪の倹約とができるので、田舎のたまかな家ではよくやる事だ。この夜おとよは下心あって自分から風呂もたててしまいの湯の洗・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・雇い婆は二階へ上るし、小僧は食台を持って洗槽元へ洗い物に行くし、後には為さん一人残ったが、お光が帯を解く音がサヤサヤと襖越しに聞える。「お上さん」と為さんは声をかける。「何だね?」と襖の向うでお光の返事。「お上さんはどこへ行った・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ 私は悲しくなってしまって、店の隅で黙々と洗い物をしているマダムの妹の、十五歳らしい固い表情をふと眼に入れながら、もう帰るよと起ち上ったが、よろめいて醜態であった。「這うて帰る積り……?」その足ではと停めるのを、「帰れなきゃ野宿・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 吉里は次の間の長火鉢の傍に坐ッて、箪笥にもたれて考え始めた。善吉は窓の障子を閉めて、吉里と火鉢を挾んで坐り、寒そうに懐手をしている。 洗い物をして来たお熊は、室の内に入りながら、「おや、もうお起きなすッたんですか。もすこしお臥ッて・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・人の見送り、出迎え、傷病兵慰問、官製婦人団体が組織する細々とした労働奉仕――例えば米の配給所の仕事を手伝うために、孔の明いた米袋を継ぐために集るとか、婦人会が地区別に工場へ手伝いに出るとか、陸軍病院へ洗い物、縫物などのために動員されるとか―・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫